プロセス・インジェクション(Process Injection)とは、あるプロセス(実行中のプログラム)に対して別のプロセスからコードやデータを挿入して実行させる技術です。サイバーセキュリティ分野では、攻撃者がマルウェアの検知回避や特定のシステム操作を目的にこの技術を悪用することが多く、標的のプロセスに自身のコードを注入し、悪意ある操作を実行させます。
プロセス・インジェクションは、一般的なセキュリティ対策を回避する高度な手法であり、攻撃者が利用することで、ウイルス対策ソフトなどの監視から隠れながら悪意のあるコードを実行することが可能です。
プロセス・インジェクションの主な手法
プロセス・インジェクションには、さまざまな技術と手法が存在し、代表的な手法には以下のようなものがあります。
1. DLLインジェクション(DLL Injection)
DLL(動的リンクライブラリ)ファイルを標的プロセスに注入する手法です。Windows OS上でよく使われ、標的プロセスに対して外部DLLをロードし、そのDLLに含まれるコードを実行させます。攻撃者は悪意のあるDLLを注入し、プロセス内でマルウェアを実行させることができます。
2. リモートスレッドインジェクション(Remote Thread Injection)
別のプロセス内で新たなスレッドを作成し、注入したコードを実行する手法です。この方法では、CreateRemoteThread
APIを使って新しいスレッドを起動し、攻撃者が指定したコードを標的プロセス内で実行できます。DLLインジェクションの一種としても使われます。
3. APCインジェクション(Asynchronous Procedure Call Injection)
WindowsのAPC(非同期プロシージャ呼び出し)を利用して、標的プロセスにコードを注入する手法です。APCキューにコードを挿入し、標的プロセスのスレッドがAPCを実行するように仕向けます。これにより、検知されにくい形でのインジェクションが可能になります。
4. プロセスホロウイング(Process Hollowing)
正規のプロセスを起動してメモリ内容を空にし、そのメモリ空間に悪意のあるコードを挿入する手法です。ユーザーやセキュリティソフトには正規プロセスが実行されているように見せかけながら、実際にはマルウェアがそのメモリ空間で動作しています。これにより、アンチウイルスソフトやファイアウォールを回避しやすくなります。
5. インジェクトされたコードのポリモーフィズム(変形コード)
悪意のあるコード自体が毎回異なる形式で注入されるように変形(ポリモーフィズム)される手法です。この方法により、静的なシグネチャ検知を回避することができ、マルウェアの検出が困難になります。
プロセス・インジェクションの目的とリスク
プロセス・インジェクションは、攻撃者がシステムを制御し、セキュリティ対策を回避するために使用される技術です。主な目的とリスクには次のようなものがあります。
主な目的
- 検知回避:正規のプロセスにコードを注入することで、セキュリティソフトや監視システムによる検知を避け、悪意のあるコードを実行します。
- エスカレーション:標的プロセスの権限を利用して、より高いシステム権限でマルウェアを実行し、システムに深刻なダメージを与えたり、機密情報を取得します。
- 持続的な感染:システムが再起動されても、特定の正規プロセス内にコードを注入しておくことで、マルウェアが持続的に実行され続ける状態を維持します。
- 情報収集とスパイ活動:キーロガーやスクリーンキャプチャ機能を組み込んだコードを注入し、ユーザーの入力情報やシステムデータを盗み取ります。
主なリスク
- システムの制御奪取:プロセス・インジェクションを利用してシステム管理者権限を取得されると、システム全体の制御を奪われる危険があります。
- 情報漏洩:注入したコードを通じて機密情報が外部に流出し、個人情報や企業情報が盗まれるリスクが高まります。
- 感染拡大:一度インジェクションが成功すると、他のプロセスやネットワーク経由で感染を拡大させることが可能となり、組織全体が被害を受けることがあります。
- システムパフォーマンスの低下:不要なスレッドやリソースが発生することで、システムのパフォーマンスが低下し、正常な動作に支障が出ることもあります。
プロセス・インジェクションへの対策
プロセス・インジェクションによる被害を防ぐためには、以下のような対策が有効です。
1. アンチウイルスソフトの導入と更新
アンチウイルスソフトを導入し、リアルタイム保護と定期的なスキャンを行うことで、インジェクション手法に使われる不正なコードを検出できるようにします。最新の定義ファイルで更新することも重要です。
2. アプリケーションの脆弱性修正
ソフトウェアの脆弱性を狙った攻撃が増えているため、OSやアプリケーションを最新バージョンに更新し、脆弱性を修正することで、プロセス・インジェクションのリスクを減らします。
3. 権限管理の強化
ユーザーやアプリケーションの権限を最小限に抑え、特権ユーザー以外が重要なプロセスやシステムリソースにアクセスできないようにすることで、不正アクセスを制限します。
4. メモリ保護技術の活用
データ実行防止(DEP)やアドレス空間配置のランダム化(ASLR)といったメモリ保護機能を活用することで、悪意のあるコードの実行を難しくします。
5. 挙動監視ツールの導入
EDR(Endpoint Detection and Response)ツールなどを使用して、システム上で不審な動作やプロセス操作が行われていないかを常時監視し、異常があれば即座に対策を講じる仕組みを整えます。
まとめ
プロセス・インジェクションは、標的のプロセスに対して不正なコードを注入し、検知を回避しながらマルウェアを実行する高度な手法です。攻撃者はプロセス・インジェクションを利用して、情報漏洩やシステム制御の奪取など多くのリスクを引き起こします。対策として、権限管理やメモリ保護、監視ツールの活用といったセキュリティ対策を実施することが重要です。