プロトタイプ汚染(Prototype Pollution)は、主にJavaScriptを使用するアプリケーションにおいて、オブジェクトのプロトタイプに悪意のあるデータを注入することで、意図しない挙動や脆弱性を引き起こす攻撃手法です。この攻撃は、JavaScriptのオブジェクトの仕組み(プロトタイプ継承)を悪用するもので、ユーザーが提供したデータを通じて、グローバルオブジェクトのプロトタイプに変更を加えることでシステム全体に影響を及ぼします。
特に、Webアプリケーションで広く使用されるNode.jsやブラウザベースのJavaScript環境では、プロトタイプ汚染がセキュリティリスクを引き起こす可能性があり、注意が必要です。
プロトタイプ汚染の仕組み
JavaScriptでは、オブジェクトは「プロトタイプチェーン」と呼ばれる仕組みでプロパティやメソッドを継承します。これにより、すべてのオブジェクトは共通の「プロトタイプ」オブジェクトに属し、そこに追加されたプロパティやメソッドは、同じプロトタイプを持つ他のオブジェクトからも参照可能となります。
プロトタイプ汚染は、このプロトタイプチェーンの特性を悪用して、以下のように不正なデータを注入することで発生します。
- ユーザー入力の受け入れ 攻撃者が、サーバー側で処理されるオブジェクトに対して、
__proto__
やconstructor.prototype
といった特殊プロパティを含むデータを送信します。 - プロトタイプの変更 受け取ったデータが検証されずにオブジェクトにマージされると、プロトタイプの内容が変更されます。この結果、オブジェクト内に存在しないはずのプロパティやメソッドが、他のオブジェクトからも参照可能な状態で追加されます。
- 全体への影響 プロトタイプが汚染されると、そのプロトタイプを継承しているすべてのオブジェクトが影響を受け、不正なデータがグローバルに反映されます。これにより、任意のコード実行やデータの改ざんが可能となる場合があります。
プロトタイプ汚染の例
以下は、プロトタイプ汚染が発生する可能性があるシンプルなJavaScriptコードの例です。
let userInput = JSON.parse('{"__proto__": {"isAdmin": true}}');
Object.assign({}, userInput);
console.log(({}).isAdmin); // true
このコードでは、攻撃者が__proto__
プロパティを含む入力を送信することで、オブジェクト全体にisAdmin
プロパティが追加され、意図しない権限の昇格などの問題が発生する可能性があります。
プロトタイプ汚染が引き起こすリスク
1. 任意コードの実行
プロトタイプ汚染によってシステム全体のオブジェクトに不正なプロパティやメソッドが追加されると、それを利用して任意のコードが実行される可能性があります。
2. サービス妨害(DoS攻撃)
プロトタイプ汚染によって追加された不正なプロパティにより、アプリケーションが予期しない動作をし、リソースが過度に消費されてサービスが停止する場合があります。
3. 権限昇格
プロトタイプ汚染により、特定のオブジェクトに権限関連のプロパティが追加されると、ユーザーが本来持つべきでない管理者権限などを取得できる可能性があります。
4. データの改ざん
プロトタイプチェーンを通じて他のオブジェクトにアクセスできるため、意図しないデータ変更や情報漏洩が発生するリスクがあります。
プロトタイプ汚染への対策
プロトタイプ汚染のリスクを軽減するためには、以下のような対策が有効です。
1. 入力データの検証
ユーザーからの入力をオブジェクトにマージする際には、__proto__
やconstructor
、prototype
などの特殊なプロパティが含まれていないかを検証し、削除するか無視することでプロトタイプ汚染を防ぎます。
2. 安全なオブジェクト操作関数の使用
Object.assign
やmerge
などの関数を使用する際には注意が必要です。Object.create(null)
を使用してプロトタイプがないオブジェクトを生成することで、プロトタイプの汚染を防ぐことが可能です。
let safeObj = Object.create(null);
Object.assign(safeObj, userInput);
3. セキュリティライブラリの利用
一部のJavaScriptセキュリティライブラリ(たとえば、lodash
やvalidator
など)には、プロトタイプ汚染の防止機能が含まれています。これらを活用して、入力データの検証と保護を強化します。
4. 定期的な脆弱性チェック
使用しているライブラリやフレームワークに脆弱性が発見されることも多いため、依存関係を定期的にチェックし、必要に応じてアップデートすることで、既知のプロトタイプ汚染のリスクを減らします。
まとめ
プロトタイプ汚染は、JavaScriptのオブジェクト継承特性を悪用した攻撃手法であり、アプリケーション全体に意図しない影響を及ぼすリスクがあります。プロトタイプチェーンを利用するJavaScriptでは、プロトタイプ汚染の脆弱性を防ぐために入力データの検証、安全なオブジェクト生成、セキュリティライブラリの利用といった対策が不可欠です。