官民データ活用推進における不穏な動き、民間企業側の露骨な思惑を読み取る|サイバーセキュリティ.com

官民データ活用推進における不穏な動き、民間企業側の露骨な思惑を読み取る



ゴールデンウィーク前の2018年4月27日、第9回となる「官民データ活用推進基本計画実行委員会」が開催されました。この委員会は、”官民の持つデータを相互に活用し、イノベーションの創造につなげよう”というものです。

この考え自体には大いに賛同するものですが、”どこまで相互活用するか”という点においては、相当に深い議論が必要になってくるはずです。ところが、今回発表された資料には少々不安な内容が含まれています。公開された資料を基に、我々国民が注意しておくべきことを見て行きましょう。

IT新戦略の方向性と懸念

IT新戦略の策定に向けた基本方針

さて、まずIT新戦略の概要を見てみましょう。

参照IT新戦略の策定に向けた基本方針(PDF)

少子高齢化の中、公的サービスの効率化・コスト削減は至上命題です。

IT新戦略の目指す「ITを最大限活用し、簡素で効率的な社会システムへ」という方向性は当然のものでしょう。

ただ、この資料の中に”安全”という言葉も”安心”と言う言葉も入って無いのが、ちょっと気がかりです。

民間企業側の露骨な思惑(1)

その懸念を裏付けるように、委員の中からとんでもない資料が出ています。まず、山下委員(NTTデータ相談役の方)の提出資料を見てみましょう。

参照第13回新戦略推進専門調査会 第9回官民データ活用推進基本計画実行委員会合同会議にあたっての意見/山下徹(PDF)

マイナンバー利用範囲の拡大?

<1.マイナンバー利用範囲の拡大検討の加速化>

出ました。大項目の1番からこれです。

「民間に拡大すると、アメリカや韓国の失敗の轍を踏むから民間には使わせない」と法律検討の段階からさんざん言われてきたことを、もう忘れているのでしょうか。

マイナンバーを使うことができれば、企業の営業には確かに便利です。個人データの紐づけが容易になるんですから。引っ越しをしようが、結婚し苗字が変わろうが、ずっと一つの番号で個人の行動履歴が追えます。企業としては垂涎の情報ですね。

ただし、世の中の情報は善意の人だけが使うとは限りません。悪意を持つ人にとっても垂涎の情報なのです。民間に開放してしまったら、それを誰が管理し責任を取るというのでしょうか。現時点でも”グダグダ”のシステム運用ですし、国民のセキュリティ意識も低いという状態なのに…

パーソナルデータを活用する動き?

3<3.産業競争力を高めるためのパーソナルデータの活用>

ここでは「GDPR(EU一般データ保護規則)で”保有する個人のデータを当該個人に返す”ことが求められているので、パーソナルデータを活用する動きが出ている」と書いています。

“GDPRに基づくパーソナルデータを活用する動き”というのは、「個人情報」ではなく「個人を識別しない状態のデータ」を活用する動きですよ?

マイナンバーは”個人情報の王”とも言える「特定個人情報」です。大項目1と矛盾しています。意味をわかっているのでしょうか。それとも分かったうえでミスリードさせようとしているのでしょうか。

民間企業側の露骨な思惑(2)

続いて楽天三木谷氏の資料です。

参照Japan Ahead 2/新経済連盟(PDF)

立場としては「新経済連盟」の代表としての資料ですね。60ページ近い堂々たる資料です。意気込みが感じられます。外国人の積極的活用や従業員を「職務給」「成果給」にしよう、といったことが書かれています。

マイナンバー制度の徹底活用?

資料の43ページ目には「マイナンバー制度の徹底活用を国の基本戦略にあらためて位置づける」と書いてありますが…

そもそも「マイナンバー制度の徹底活用」は、国の基本戦略にあったでしょうか。マイナンバーは悪用されると危険なので、使用には“法律”で厳格な制限がついているはずですが。

続いて、こちら。

マイナンバーの「特定個人情報」としての扱いの見直し

うわぁ…”マイナンバーを特別扱いするな”と言ってます。さらに…

マイナンバー制度の利用の努力義務化の検討

こちらは、最初の「徹底活用」と矛盾しています。

個人に直結するリスクには触れない

要約すると…

  • マイナンバーを書かされるのは面倒臭いから、努力義務にして。
  • でもみんなには使わせてデータを取って。
  • で、その使用データを使わせて。

ということでしょうか。

めちゃくちゃです。個人情報の悪用リスク。EUでなぜGDPRが制定されたのか。アメリカや韓国での悪用の実態。こういった”個人に直結するリスク”はほとんど触れず、公的機関と大企業の利便性を求める資料になっています。これが、今、国の会議に提出されている資料なのです。

専門家の冷静な意見

このように、リスクに触れようともしない、とんでもない資料が目白押しの会議なのですが、一方、冷静な意見を出す方もいらっしゃいました。

参照第13回新戦略推進専門調査会・第9回官民データ活用推進基本計画実行委員会合同会議への意見/澁澤栄(PDF)

東京農工大の澁澤栄先生の資料には、真っ先にこう書いてありました。

全体として、効率化を進めるディジタル改革の推進は結構ですが、非効率の対象としてあげられている対面、押印、書類添付の作業の背景文脈にある社会モラルや職業モラルについて言及が弱いです。施策を運用する人間や組織の能力と信頼が顕在化してはじめて、テクノロジーと施策が受け入れられます。

まさにおっしゃる通り。

「運用する人間や組織の能力と信頼」が、現在、様々な所で問われています。その中で「マイナンバーを民間にも使わせれば素晴らしい未来が待っているんだよ」と言われても誰が信用するのでしょう。成功したエストニアの事例だけにスポットを当て、失敗したアメリカや韓国の例を一切喧伝しない今の状況で。

しかも、今回の会議、澁澤先生もそうですが、他の大学の研究者等委員の半数が欠席した中で開かれています。この辺りも不安を助長する要因ですね。

最後に

とは言え、この会議の掲げている目標は賛同できるものです。是非“国民のため”になるような戦略になって欲しいと思います。

そのために私たちは、「知らないうちにとんでもないことが始まった」とならないよう、しっかりと国と企業の動きに注目しておきましょう。


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