製造業の現場では、サイバー攻撃によって生産ラインが停止するなどの深刻な被害が発生しています。この記事では、製造業に特有のセキュリティリスクと、それに対処するためのOTセキュリティ対策について詳しく解説します。OTシステムを適切に守ることで、工場の安定稼働と事業の継続性を確保できるでしょう。
この記事の目次
OTセキュリティとは
近年、製造業を中心にOTセキュリティへの関心が高まっています。本章ではOTセキュリティの基本概念について解説します。
OTセキュリティの定義
OTセキュリティとは、Operational Technology(制御システム)のセキュリティを指します。具体的には、工場や発電所などの製造設備や制御システムを対象とした、サイバー攻撃からの防御や安全性の確保を意味します。
OTは、産業用制御システム(ICS)、監視制御およびデータ取得(SCADA)システム、プログラマブルロジックコントローラ(PLC)などの制御システムを含む概念です。これらのシステムは、製造ラインの制御、電力供給、水処理など、社会インフラの根幹を支えています。
OTとITの違い
OTセキュリティを理解するうえで、OTとITの違いを把握することが重要です。以下に主な相違点を示します。
観点 | OT | IT |
---|---|---|
目的 | 物理プロセスの制御 | 情報の処理と管理 |
優先事項 | 可用性と安全性 | 機密性と完全性 |
リアルタイム性 | リアルタイム処理が必須 | リアルタイム性は必ずしも必要ない |
システムの寿命 | 10年以上 | 3〜5年程度 |
OTはプラントの安定稼働を最優先するため、可用性と安全性が重視されます。一方、ITはデータの機密性と完全性を重視する傾向があります。また、OTシステムは長期間運用されるため、セキュリティ対策の適用が難しいという課題があります。
OTセキュリティが重要な理由
近年、OTシステムがサイバー攻撃の標的になるケースが増加しています。攻撃者はOTシステムの脆弱性を突いて、工場の操業を停止させたり、危険な制御を行ったりすることが可能です。
OTシステムへの攻撃は、生産ラインの停止による経済的損失だけでなく、設備の物理的破壊や人命への危険をもたらします。さらに、社会インフラを担うOTシステムが機能不全に陥れば、社会全体に大きな混乱が生じかねません。したがって、製造業を中心にOTセキュリティ対策の強化が喫緊の課題となっているのです。
OTセキュリティの特徴と課題
OTセキュリティには以下のような特徴と課題があります。
- レガシーシステムが多く、セキュリティパッチの適用が困難
- システムの可用性が最優先され、セキュリティ対策の導入に慎重になる
- OT機器のセキュリティ設定が不十分なケースが多い
- OTシステムの複雑性が高く、脆弱性の特定が難しい
- ITとOTのネットワークが接続され、攻撃経路が増加している
これらの課題を克服し、効果的なOTセキュリティ対策を実装していくためには、OTの特性を理解したうえで、IT部門とOT部門が連携し、組織全体でセキュリティ強化に取り組む必要があります。リスク評価に基づいた対策の優先順位付けや、インシデント対応体制の整備などが重要となるでしょう。
製造業におけるOTセキュリティリスク
製造業は、生産性向上のためにOT(Operational Technology)の導入を進めてきましたが、それに伴いセキュリティリスクも増大しています。ここでは、製造業におけるOTセキュリティリスクについて詳しく見ていきましょう。
製造現場のOT環境
製造現場では、PLCやSCADAなどのOT機器が、生産設備の制御や監視に広く用いられています。これらのOT機器は、従来、専用のネットワークで独立して運用されていましたが、近年ではIT(Information Technology)との連携が進み、インターネットにも接続されるようになってきました。
OT環境とIT環境の融合は、生産性の向上に大きく寄与する一方で、サイバー攻撃の脅威にもさらされるようになりました。OT機器は本来セキュリティを考慮して設計されておらず、脆弱性を抱えているケースが少なくありません。
製造業に特有のセキュリティリスク
製造業のOT環境には、他の産業にはない特有のセキュリティリスクが存在します。例えば、24時間365日稼働し続ける生産設備では、セキュリティパッチの適用やアップデートのためにシステムを停止させることが難しく、脆弱性が放置されがちです。
また、製造現場の機器は長期間使用されるため、古いOSやソフトウェアを使い続けざるを得ないことがあります。これらの古いシステムは、既知の脆弱性を抱えていることが多く、攻撃者に狙われやすくなっています。
リスクが及ぼす影響
製造業のOT環境がサイバー攻撃を受けた場合、生産ラインの停止や製品の品質低下など、事業に直接的な影響が及ぶ可能性があります。加えて、機密情報の漏洩や、従業員の安全が脅かされるリスクもあります。
ひとたびインシデントが発生すれば、復旧に多大な時間とコストを要するだけでなく、ブランドイメージの低下や顧客からの信頼喪失にもつながりかねません。製造業にとって、OTセキュリティ対策は喫緊の課題と言えるでしょう。
OTセキュリティ対策の基本
OTセキュリティ対策の基本について解説します。まず、OTセキュリティ対策の目的から見ていきましょう。
OTセキュリティ対策の目的
OTセキュリティ対策の主たる目的は、製造現場における制御システムの安全性と可用性を確保することです。サイバー攻撃やヒューマンエラー等による制御システムの異常動作や停止を防ぎ、生産活動の継続性を維持することが求められます。
加えて、制御システムに関わる機密情報の流出防止や、法規制の遵守も重要な目的となります。製造現場のデータが外部に漏洩すれば、企業の競争力低下につながる恐れがあるのです。
OTセキュリティ対策のアプローチ
OTセキュリティ対策のアプローチについて見ていきます。一般的に、OTセキュリティ対策は多層防御の考え方に基づいて実施されます。
具体的には、ネットワークセグメンテーションによる制御システムの分離、アクセス制御による不正侵入の防止、監視・検知による異常の早期発見と対処などが含まれます。さらに、セキュリティパッチの適用やバックアップの取得といった基本的な運用管理も欠かせません。
これらの施策を組み合わせることで、制御システムに対する脅威を多層的に防御するアプローチが取られるのです。
OTセキュリティ対策のフレームワーク
OTセキュリティ対策を体系的に実施するためのフレームワークについて説明します。代表的なフレームワークとしては、米国国立標準技術研究所(NIST)が提唱する「NIST Cybersecurity Framework」が挙げられます。
このフレームワークでは、特定(Identify)、防御(Protect)、検知(Detect)、対応(Respond)、復旧(Recover)の5つの機能が定義されています。各機能において実施すべき活動が示されており、組織のOTセキュリティ対策の指針となります。
他にも、国際電気標準会議(IEC)の「IEC 62443」シリーズなど、OTセキュリティに特化したフレームワークが存在します。組織の特性に合わせて適切なフレームワークを選択し、活用することが肝要です。
OTセキュリティ対策の要素技術
最後に、OTセキュリティ対策で用いられる要素技術について見ていきましょう。ネットワークセグメンテーションを実現するための工業用ファイアウォールや、異常を検知するためのIDS/IPSなどが代表例です。
また、制御システムの機器を保護するためのエンドポイントセキュリティ対策や、ログを一元管理・分析するSIEMの導入も検討されます。監視カメラやアクセス管理システムによる物理セキュリティ対策も、OTセキュリティには欠かせません。
これらの要素技術を適切に選定し、組み合わせることで、製造現場に適したOTセキュリティ対策を実現することができるのです。個々の現場の特性を踏まえたテーラーメイドの対策が求められます。
OTセキュリティ対策の進め方
製造業におけるOTセキュリティ対策は、計画的かつ段階的に進めることが肝要です。ここでは、OTセキュリティ対策を効果的に進めるための具体的なステップを順を追って説明します。
OTセキュリティ対策の計画
OTセキュリティ対策の第一歩は、適切な計画の策定です。この段階では、自社の製造現場におけるOTシステムの現状を把握し、セキュリティ上の課題や目標を明確にすることが重要となります。
具体的には、OTシステムの構成要素や接続状況、運用体制などを詳細に調査し、文書化します。また、セキュリティ対策の目的や達成すべき水準を定義し、実現に向けたロードマップを作成します。この際、経営層を含む関係者の理解と協力を得ることが不可欠です。
リスクアセスメントの実施
OTセキュリティ対策の計画が策定されたら、次はリスクアセスメントを実施します。リスクアセスメントとは、製造現場に潜在するセキュリティリスクを洗い出し、その影響度と発生可能性を評価するプロセスです。
リスクアセスメントでは、OTシステムの脆弱性診断や監査を行い、サイバー攻撃による生産停止や設備破損、情報漏洩などのリスクを特定します。これらは、影響度と発生可能性に基づいて優先順位付けを行い、対策の必要性を明らかにします。このリスクアセスメントの結果は、次のステップである対策の立案に活用されます。
対策の優先順位付けと実装
リスクアセスメントで特定されたセキュリティリスクに対し、優先順位を付けて具体的な対策を立案します。対策の優先順位は、リスクの影響度と発生可能性、対策の実現可能性やコストなどを総合的に勘案して決定します。
優先度の高い対策から順次実装していきますが、その際は製造現場の運用に支障をきたさないよう十分な配慮が必要です。ネットワークの分離やアクセス制御、脆弱性対策、従業員教育など、多層的なアプローチでOTシステムの堅牢化を図ります。対策の実装に当たっては、関連部門との緊密な連携と専門家の助言を得ることが有効でしょう。
継続的なモニタリングと改善
OTセキュリティ対策は一過性のものではなく、継続的な取り組みが求められます。対策の実装後も、その効果を定期的にモニタリングし、必要に応じて改善を図ることが重要です。
具体的には、セキュリティインシデントの監視や脆弱性スキャン、従業員の意識調査などを通じて、対策の有効性を検証します。そして、新たに発見されたリスクや課題に対しては、PDCAサイクルに沿って迅速かつ適切に対処することが肝要です。さらに、セキュリティ動向の変化にも常に注意を払い、必要に応じて対策の見直しや強化を図ることが求められるでしょう。
OTセキュリティ対策のベストプラクティス
OTシステムを守るためには、包括的なセキュリティ対策が不可欠です。ここでは、製造業におけるOTセキュリティ対策のベストプラクティスを5つの観点から解説します。
ネットワークセグメンテーション
ネットワークセグメンテーションは、OTネットワークをセキュアなゾーンに分割し、それぞれのゾーン間の通信を制御する手法です。この手法を適用することで、攻撃者がひとつのゾーンに侵入したとしても、他のゾーンへの拡散を防ぐことができます。
具体的には、生産ラインごとにVLANを構成し、ファイアウォールでゾーン間の通信を制御するといった方法が挙げられます。また、重要度の高いシステムは、物理的に独立したネットワークに配置するのも効果的です。
アクセス制御とユーザー管理
OTシステムへのアクセスを適切に制御し、ユーザーを管理することは、内部からの脅威に対処するうえで重要です。アクセス制御においては、最小権限の原則に基づき、ユーザーに必要最小限のアクセス権限のみを付与することが基本となります。
加えて、ユーザーアカウントの定期的な棚卸しや、離職者のアカウント速やかな削除、強力なパスワードポリシーの適用など、適切なユーザー管理を実施することが肝要です。多要素認証の導入も、アカウントの不正利用を防ぐ有効な手段のひとつと言えるでしょう。
脆弱性管理とパッチ適用
OTシステムの脆弱性を放置することは、サイバー攻撃の格好の的となってしまいます。したがって、脆弱性情報を継続的に収集し、リスク評価に基づいて計画的にパッチを適用していく必要があります。
ただし、OTシステムへのパッチ適用はシステムの可用性に影響を及ぼす可能性があるため、事前のテストを十分に行い、システムベンダーとも綿密に連携しながら慎重に進めることが重要です。深刻度が高くない脆弱性については、計画停止時にまとめて対処するといった方法も検討に値するでしょう。
インシデント対応体制の整備
サイバーインシデントは、いつ発生してもおかしくありません。インシデント発生時に迅速かつ適切に対処できるよう、あらかじめ対応体制を整備しておくことが大切です。
インシデント対応手順の策定、対応要員の選定と訓練、インシデント検知のためのモニタリング強化など、平時からの備えが肝要となります。OTシステム特有のインシデントを想定したシナリオに基づく訓練の実施も、対応力向上に繋がるはずです。
セキュリティ意識向上のための教育
OTセキュリティ対策を推進するうえでは、従業員のセキュリティ意識向上が欠かせません。サイバー攻撃の手口や、日常業務におけるセキュリティ上の注意点について、定期的な教育を実施することが重要です。
教育に際しては、自社で実際に発生したインシデント事例を取り上げたり、OTシステムの安全かつ安定的な稼働がビジネスに不可欠であることを丁寧に説明したりするなど、当事者意識を醸成する工夫が肝要と言えます。セキュリティは特別なことではなく、従業員一人ひとりが日常的に実践すべきものであるという意識を根付かせることが大切でしょう。
OTセキュリティの今後の展望
OTセキュリティを取り巻く環境は急速に変化しています。ここでは、OTセキュリティの将来像について考察します。
OT環境のデジタル化の影響
近年、製造業を中心にOT環境のデジタル化が加速しています。IoTデバイスの導入やクラウドサービスの活用が進むことで、生産性や効率性の向上が期待される一方、セキュリティリスクも高まっています。
デジタル化によって、従来は独立していたOT環境がインターネットに接続されるようになり、外部からの脅威にさらされやすくなります。OTセキュリティ対策では、デジタル化がもたらす影響を十分に理解し、適切な防御策を講じることが重要です。
新たなセキュリティ脅威への対応
OT環境を狙った新たなサイバー攻撃手法が次々と登場しています。ランサムウェアやサプライチェーン攻撃など、高度化・巧妙化する脅威に対応するには、従来の対策だけでは不十分です。
ゼロトラストアーキテクチャの導入や、脅威インテリジェンスの活用など、先進的なセキュリティ対策の導入が求められます。また、OTとITの連携を強化し、包括的なセキュリティ体制を構築することが肝要です。
AI・機械学習の活用
OTセキュリティにおいても、AI(人工知能)や機械学習の活用が進んでいます。膨大なログデータを分析し、異常を検知することで、未知の脅威にも迅速に対応できるようになります。
AIを活用した自動化されたセキュリティ運用は、人的リソースの不足を補うとともに、ヒューマンエラーを減らすことにも役立ちます。ただし、AIのブラックボックス問題などにも留意が必要です。
セキュリティ人材の育成
OTセキュリティを支えるのは、それを扱う人材です。サイバー攻撃の手口が高度化する中、セキュリティ人材の不足が深刻な問題となっています。OTとITの両方に精通した専門人材の育成が急務と言えるでしょう。
社内でのセキュリティ教育の強化や、外部の専門家との連携など、多角的なアプローチで人材育成に取り組むことが重要です。セキュリティ意識の高い組織文化を醸成することも忘れてはなりません。
まとめ
OTセキュリティとは、工場や発電所などの製造設備や制御システムを対象とした、サイバー攻撃からの防御や安全性の確保を指します。近年、OTシステムがサイバー攻撃の標的になるケースが増加しており、製造業を中心にOTセキュリティ対策の強化が急務となっています。
製造業のOT環境には、レガシーシステムの存在やシステムの可用性重視など、特有の課題があります。ひとたびインシデントが発生すれば、生産ラインの停止や機密情報の漏洩など、深刻な影響が及ぶ可能性があるのです。
OTセキュリティ対策の基本は、多層防御の考え方に基づくアプローチです。ネットワークセグメンテーションやアクセス制御、脆弱性管理、インシデント対応体制の整備など、包括的な対策が求められます。加えて、従業員のセキュリティ意識向上も欠かせません。
OTセキュリティの今後は、OT環境のデジタル化がもたらす影響への対応や、AI・機械学習の活用、セキュリティ人材の育成など、様々な課題に取り組む必要があります。OTとITが融合したセキュアな環境を実現するには、組織を挙げた継続的な取り組みが不可欠なのです。