製造業のDXが加速する中、サイバーセキュリティリスクへの対応は待ったなしの課題となっています。この記事では、工場システムのセキュリティを確保するための具体的な方法として、経済産業省が公表した「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」の概要と活用ポイントを解説します。ガイドラインに沿った適切な対策を実施することで、サイバー攻撃によるシステム停止や情報流出のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。
この記事の目次
製造業におけるセキュリティの重要性
製造業におけるセキュリティの重要性について説明する前に、まずその背景となる状況について見ていきましょう。
DXとスマートファクトリーの進展によるセキュリティリスクの増大
近年、製造業ではDX(デジタルトランスフォーメーション)やスマートファクトリーの導入が急速に進んでいます。これにより、工場システムがインターネットに接続される機会が増加しており、新たなセキュリティリスクへの対応が必要とされています。
DXやスマートファクトリーの進展によって工場システムがサイバー空間と結びつくことで、セキュリティリスクが高まっています。従来の工場システムは閉鎖的な環境で運用されていましたが、IoTやAIの活用に伴い、外部ネットワークとの接続が増加しているのです。
こうした状況下で、製造業における適切なセキュリティ対策の実施が喫緊の課題となっています。サイバー攻撃による生産ラインの停止や知的財産の流出は、企業の競争力や信頼性に直結する重大な問題だからです。
ICS/OT環境のサイバーセキュリティ実態調査から見る課題
製造業のセキュリティ課題を浮き彫りにしているのが、ICS/OT環境のサイバーセキュリティ実態調査の結果です。ここではその概要を見ていきましょう。
トレンドマイクロが2022年に実施した調査によると、対象企業の95.5%が過去12ヶ月間にシステム中断を経験していることが明らかになりました。さらに36.9%の企業は、年間6~10回もの頻度でシステム中断に見舞われています。こうした事故による平均的な金銭的損害は約1億5千万円にも上るとのことです。
ここで登場したICS(Industrial Control System)とOT(Operational Technology)について補足しておきましょう。ICSとは工場などの制御システムの総称で、OTはそれを支える運用技術を指します。ITシステムとは異なる特性を持つため、専門的なセキュリティ対策が必要とされている領域なのです。
調査結果が示すように、ICS/OT環境のセキュリティ対策は多くの企業にとって未だ課題となっています。システム中断による事業停止リスクや金銭的損失を最小限に抑えるためには、ガイドラインに沿った適切な対策の実施が不可欠だと言えるでしょう。
製造業を狙ったサイバー攻撃の種類と傾向
製造業が直面しているセキュリティリスクをより具体的に理解するため、製造業を狙ったサイバー攻撃の種類と傾向について見ていきましょう。
まず特筆すべきは、クラウドサービスの脆弱性や設定不備を悪用した攻撃が全体の40%以上を占めていることです。製造業でもクラウドの活用が進む中、適切なセキュリティ設定の重要性が改めて浮き彫りになっています。
また、ICS関連システムの脆弱性発見数も近年急増しているという特徴があります。アメリカのサイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(CISA)のICS-CERTアドバイザリによると、ICSの脆弱性を狙った攻撃が増加傾向にあるとのことです。
こうした状況を踏まえると、製造業がサイバー攻撃のターゲットになりやすい現状が見えてきます。ICS/OT環境に特化したセキュリティ対策と、クラウドサービスの適切な設定・運用が、製造業のセキュリティ強化に欠かせない要素だと言えるでしょう。
工場セキュリティガイドラインの概要
工場セキュリティガイドラインの内容と意義について、ここでは概要を説明します。各セクションでは、ガイドラインの目的と対象範囲、構成とステップ、セキュリティ要求レベルの考え方とゾーニングについて詳しく見ていきます。
ガイドラインの目的と対象範囲
経済産業省が2022年11月に公表した「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」は、工場システムに必要なセキュリティ対策の考え方とステップを提示することを目的としています。DXやスマートファクトリーの進展により、工場システムがインターネットに接続される機会が増加し、新たなセキュリティリスクへの対応が必要になっているためです。
このガイドラインの対象範囲は広く、製造業全般の工場システムが含まれます。業種や規模を問わず、工場のセキュリティ対策を検討する上での指針となるものです。ただし、各業界や企業の特性に合わせたカスタマイズが必要な場合もあるでしょう。
ガイドラインの構成とステップ
ガイドラインは大きく3つのステップで構成されています。まず、セキュリティ対策立案前の準備として、脅威の特定やリスクアセスメントを行います。次に、セキュリティ対策の立案とポイントを解説し、具体的な対策項目を示します。最後に、セキュリティ対策の実行方法について説明しています。
各ステップでは、システム構成面と物理面の両面からのセキュリティ対策の必要性を強調しています。また、組織間の連携や、PDCAサイクルによる継続的な見直しと改善の重要性についても言及されています。工場のセキュリティ対策は組織横断的な取り組みが不可欠だと言えるでしょう。
セキュリティ要求レベルの考え方とゾーニング
ガイドラインでは、業務の重要度と脅威レベルに基づいてセキュリティ要求レベルを設定することを推奨しています。工場内の各ゾーンごとに要求レベルを定めることで、リスクに応じた適切な対策を講じることができます。セキュリティゾーニングは、システム構成面での重要な対策の一つと位置づけられています。
ただし、セキュリティ要求レベルの設定には注意も必要です。サプライヤーに過度な対策を要請することがないよう、コストを考慮し、独占禁止法にも配慮しなければなりません。経済産業省と公正取引委員会が2022年11月に示した留意点を踏まえた運用が求められます。
工場システムのセキュリティ対策のポイント
近年、製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やスマートファクトリーの進展に伴い、工場システムがインターネットに接続される機会が増加しています。それに伴い、新たなセキュリティリスクへの対応が急務となっています。
システム構成面でのセキュリティ対策
工場システムのセキュリティ対策を考える上で、システム構成面での対策は非常に重要です。工場内のネットワークを適切にゾーニングし、各ゾーンごとにセキュリティ要求レベルを設定することが求められます。
具体的には、業務の重要度と脅威レベルに基づいてセキュリティ要求レベルを設定し、それに応じたアクセス制御やネットワーク分離などの対策を講じる必要があります。また、クラウドサービスを利用する際は、その脆弱性や設定不備を悪用した攻撃にも注意が必要です。
物理面でのセキュリティ対策
システム構成面での対策と並んで、物理面でのセキュリティ対策も欠かせません。工場内への不正な立ち入りを防止するため、入退室管理システムの導入や、重要な設備・機器への物理的なアクセス制限などが求められます。
また、USBメモリなどの外部記憶媒体の使用制限や、持ち込み・持ち出しの管理も重要なポイントです。物理的なセキュリティ対策を適切に講じることで、内部者による不正行為や情報漏洩のリスクを低減することができます。
組織間連携の重要性
工場システムのセキュリティ対策を実効性のあるものにするためには、組織間の連携が不可欠です。特に、サプライチェーンを構成する企業間でのセキュリティ対策の連携は、サプライチェーン全体のリスク低減につながります。
ただし、サプライヤーへのセキュリティ対策要請に際しては、コストの考慮や独占禁止法との関連など、注意すべき点もあります。組織内の関連部門間の連携に加え、サプライチェーンを構成する企業間での継続的なコミュニケーションと協力体制の構築が、工場システムのセキュリティ確保には欠かせないのです。
セキュリティ対策の運用と改善
ここでは、セキュリティ対策の運用と改善について解説します。効果的なセキュリティ対策を実現するためには、継続的な見直しと改善、組織横断的な取り組み、インシデント対応体制の整備が欠かせません。
PDCAサイクルによる継続的な見直しと改善
製造業におけるセキュリティ対策は、一度構築したら終わりではありません。技術の進歩やサイバー脅威の変化に対応するため、PDCAサイクルによる継続的な見直しと改善が重要です。
具体的には、定期的にセキュリティ対策の実施状況を確認し、課題や改善点を洗い出します。そして、必要に応じて対策の見直しや追加を行います。この過程を通じて、セキュリティ対策の有効性を維持・向上させることが可能になります。
また、PDCAサイクルを回すためには、セキュリティ対策の実施状況を定量的に評価する指標(KPI)の設定が有効です。KPIを用いることで、対策の効果を客観的に把握し、改善につなげやすくなります。
組織横断的な取り組みの推進
工場システムのセキュリティ対策は、IT部門だけの問題ではありません。生産現場や経営層を含む、組織全体での取り組みが求められます。
そのためには、セキュリティ対策の目的や重要性について、組織内の理解を深める活動が欠かせません。研修や勉強会の開催、社内ポータルサイトでの情報発信など、多様な手段を活用することをおすすめします。
加えて、セキュリティ対策の推進体制を明確にすることも重要です。経営層によるコミットメントのもと、各部門の役割と責任を定義し、連携して取り組める体制を整備しましょう。
インシデント対応体制の整備
サイバー攻撃によるインシデントは、いつ発生してもおかしくありません。被害を最小限に抑えるには、迅速かつ適切な対応が求められます。
そのため、インシデントが発生した際の対応手順を事前に定めておくことが重要です。検知から初動対応、復旧、再発防止までの一連の流れを文書化し、関係者で共有しておきましょう。
また、インシデント対応の実効性を高めるには、机上訓練や実地訓練を定期的に実施することが有効です。訓練を通じて、手順の理解度を深めるとともに、改善点を洗い出すことができます。
ガイドラインの活用と展開
業界特性に応じたカスタマイズの必要性
経済産業省が公開した「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」は、工場システムに必要なセキュリティ対策の考え方とステップを提示しています。しかしながら、製造業は業種によって使用する機器やシステム、リスクの種類が大きく異なるため、業界特性に応じたガイドラインのカスタマイズが不可欠です。
例えば、自動車産業では車載システムのセキュリティが重要な課題となる一方、食品製造業では原材料の品質管理や衛生管理に関連するシステムのセキュリティが重視されます。化学プラントでは、制御システム(ICS)の安全性が最優先事項となります。このように、各業界の特性を踏まえてガイドラインを適用し、効果的なセキュリティ対策を講じることが求められるのです。
サプライチェーンリスク対策としての活用
近年、サプライチェーン全体のセキュリティ確保の重要性が高まっています。製品の品質や安全性は、原材料の調達から製造、流通、販売に至るまでのすべての過程で脅かされる可能性があるためです。
工場システムのセキュリティガイドラインは、サプライチェーンリスク対策としても活用できる大きな可能性を秘めています。サプライヤーに対して、ガイドラインに準拠したセキュリティ対策の実施を要請することで、サプライチェーン全体のセキュリティレベルを向上させることができるのです。また、セキュリティ要求事項を明確化することで、サプライヤーとの円滑なコミュニケーションにも役立ちます。
サプライヤーへのセキュリティ対策要請における注意点
サプライヤーにセキュリティ対策を要請する際には、いくつかの注意点があります。まず、セキュリティ対策の実施にかかるコストを考慮する必要がある点です。中小企業を含むサプライヤーの経営状況や技術的な制約を踏まえ、過度な負担とならないよう配慮することが重要です。
また、独占禁止法との関連にも留意が必要です。特定のセキュリティ製品やサービスの採用を強制するなど、公正な競争を阻害する行為は避けなければなりません。サプライヤーとの対話を通じて、適切なセキュリティ対策の在り方を共に模索していくことが求められます。
工場システムのセキュリティガイドラインは、製造業のサイバーセキュリティ強化に向けた重要な指針です。業界特性に応じたカスタマイズとサプライチェーン全体での活用を通じて、製造業のレジリエンス向上と持続的な発展に寄与することが期待されています。
まとめ
製造業のDX化により、工場システムのセキュリティリスクが高まっています。適切な対策を講じるために、経済産業省が「製造業向けセキュリティガイドライン」を公表しました。このガイドラインは、工場システムに必要なセキュリティ対策の考え方とステップを提示しています。
ガイドラインでは、業務の重要度と脅威レベルに基づいてセキュリティ要求レベルを設定し、システム構成面と物理面の両面から対策を講じることを推奨しています。また、PDCAサイクルによる継続的な見直しと改善、組織横断的な取り組みの重要性も強調されています。
ガイドラインを活用する際は、業界特性に応じたカスタマイズが必要です。さらに、サプライチェーン全体のセキュリティ確保のためにも活用できる可能性があります。ただし、サプライヤーへの要請に際しては、コスト考慮や独占禁止法との関連に注意が必要です。