CRQC(Cryptographically Relevant Quantum Computer)は、既存の暗号技術、特に現在広く利用されている公開鍵暗号を破ることが可能な量子コンピューターを指す言葉です。従来のコンピューターでは現実的な時間内に解けない問題を、量子コンピューターは短時間で解く能力を持つとされており、特にRSAやECC(楕円曲線暗号)など、現在のインターネット通信やセキュリティ基盤を支える暗号技術に対して重大な影響を与える可能性があります。
CRQCが現実化すると、これまで「安全」とされていた多くの暗号技術が破られるリスクが高まり、セキュリティ業界や政府、企業は新しい暗号技術への移行を検討する必要に迫られると予想されています。
CRQCが暗号技術に与える影響
- 公開鍵暗号の脅威
- 現在、RSA暗号やECCをはじめとする公開鍵暗号は、素因数分解や離散対数問題の難しさに基づいて安全性を確保しています。しかし、量子コンピューターのアルゴリズムであるShorのアルゴリズムを用いると、これらの問題を短時間で解決できるため、既存の暗号システムはほぼ無力となります。
- 対称鍵暗号の影響
- 対称鍵暗号(AESなど)は、量子コンピューターの登場により効果が弱まるものの、公開鍵暗号ほど壊滅的な影響は受けません。量子コンピューターに対するGroverのアルゴリズムでは、探索時間が平方根の時間に短縮されるため、鍵の長さを2倍にすることで一定の安全性を確保できます。
- ハッシュ関数
- 量子コンピューターがハッシュ関数に与える影響は対称鍵暗号と似ていますが、完全に安全というわけではありません。安全なハッシュ関数を使用する際には、量子耐性を考慮した設計が必要になるでしょう。
CRQCに対する対策:量子耐性暗号(Post-Quantum Cryptography)
量子コンピューターの脅威に備え、セキュリティ業界はすでに「量子耐性暗号」(Post-Quantum Cryptography:PQC)と呼ばれる暗号技術の開発を進めています。これらは量子コンピューターの能力に対抗するために設計された暗号アルゴリズムであり、以下のような特徴を持つ技術が注目されています:
- 格子ベースの暗号
- 格子問題を基盤とした暗号技術で、量子コンピューターに対しても計算困難とされる特性を持っています。NIST(米国国立標準技術研究所)は、格子ベースの暗号を含む複数の技術をPQCの標準化候補として選定しています。
- ハッシュベースの署名
- ハッシュ関数に基づいたデジタル署名スキームであり、量子耐性を持つと考えられています。
- 符号ベースの暗号
- 符号理論を用いた暗号技術で、従来のRSAやECCと異なる計算的な難しさに基づいています。
- マルチバリアント暗号
- 多変数代数方程式を基盤とした暗号技術で、量子コンピューターに対しても有望な特性を示すものとされています。
CRQCの現実性とタイムライン
現時点で実用的なCRQCが登場するまでには時間がかかると考えられています。現行の量子コンピューター技術はまだ初期段階にあり、膨大な数の量子ビット(qubits)が安定して動作するCRQCを構築するのは技術的に困難です。しかし、技術の進展速度を考えると、数十年以内には現実的な脅威になる可能性があり、事前に対策を講じることが求められています。
まとめ
CRQC(Cryptographically Relevant Quantum Computer)は、既存の暗号技術にとって潜在的に大きな脅威をもたらす量子コンピューターを指します。この技術が現実化すると、現在のインターネットやセキュリティシステムに多大な影響を与える可能性があるため、量子耐性暗号の導入やセキュリティ基盤の刷新が求められます。現状の技術進展を見据えつつ、長期的な視点での対応が必要です。