デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA:Digital Operational Resilience Act)は、EU(欧州連合)で策定された、金融業界におけるデジタル運用の回復力を確保するための法規制です。サイバー攻撃やシステム障害などのインシデント発生時に、金融機関が迅速かつ安全にサービスを復旧できる体制を構築し、金融システム全体の安全性と安定性を維持することを目的としています。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法はEUの「デジタル金融パッケージ」の一部として策定され、2024年1月17日から施行される予定です。この法律は、サイバーリスクやITインシデントの増加に対応するための包括的な対策を規定しており、EU域内の金融機関とそのITサービスプロバイダーが対象となります。
この記事の目次
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法が必要とされる背景
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法が制定された背景には、金融業界におけるデジタル化の進展と、サイバー攻撃の脅威が増加している現状が影響しています。
- サイバー攻撃の高度化
金融機関は、サイバー犯罪者のターゲットになりやすく、近年は高度化したサイバー攻撃が頻繁に発生しています。デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法は、これに対応し、金融業界全体のサイバー耐性を高めることを目指しています。 - 金融サービスのデジタル依存度の向上
金融サービスの多くがデジタルプラットフォーム上で提供され、システム障害やサイバーインシデントが発生すると、業務停止やデータ漏洩のリスクが高まります。そのため、金融業界において安定的なデジタル運用を実現することが不可欠です。 - 国境を越えた連携の必要性
EU域内で金融サービスを提供する企業は、各国で異なる規制を受ける可能性がありました。デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法はEU全体で一貫した基準を設けることで、統一されたサイバーセキュリティの基準に基づく対応を可能にします。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の主な要件
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法では、金融機関やITサービスプロバイダがデジタル運用のレジリエンス(回復力)を確保するための具体的な要件が定められています。主な要件は以下の通りです。
1. リスク管理体制の整備
金融機関やITプロバイダーに対して、サイバーリスクやITリスクの管理体制の構築を義務付けています。これには、サイバー攻撃やシステム障害のリスク評価、リスク低減策の実施、継続的なモニタリングが含まれます。
2. インシデント対応計画(IRP)の策定と実施
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法では、インシデント対応計画(Incident Response Plan, IRP)の策定と、発生時の対応手順の整備が求められています。また、インシデント発生時には迅速に対応するためのプロセスや訓練が義務化されており、定期的な見直しや更新も必要です。
3. インシデントの報告義務
インシデントが発生した場合、監督機関への報告が義務付けられており、インシデント内容や対応状況を含む詳細な報告が求められます。デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法は特に、重大なサイバー攻撃やシステム障害が発生した際に迅速に報告し、影響を最小限に抑える体制を整えるよう規定しています。
4. サードパーティ管理と監督
金融機関は、クラウドプロバイダーやサードパーティのITサービスプロバイダーに大きく依存しています。デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法は外部委託先(サードパーティ)の監督体制の整備を求めており、委託先のセキュリティ対策を管理・評価し、万が一の障害発生時にも迅速に対応できるようにすることが義務付けられています。
5. デジタル運用回復力のテスト(テスト体制の強化)
定期的なレジリエンステストを実施し、システムやインフラの耐性を評価することが義務付けられています。テストにはサイバー攻撃シナリオのシミュレーションも含まれ、弱点の発見と改善が図られます。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の対象となる組織
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の対象には、EU域内で活動する幅広い金融関連企業が含まれます。
- 銀行や保険会社
顧客データや重要な金融取引情報を管理するため、デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の要件を満たすことが義務付けられます。 - 資産管理会社
顧客資産の保護と管理を担う資産管理会社も対象で、デジタルレジリエンスの確保が求められます。 - フィンテック企業やクラウドプロバイダー
フィンテック企業は、サービス運営においてデジタル化に依存する度合いが高いため、デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の規制を遵守する必要があります。また、クラウドプロバイダーも間接的にデジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の基準に合わせたセキュリティ対策を求められます。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法に基づくサイバーリスク管理のメリット
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の実施により、金融機関や関連企業は以下のようなメリットを享受できます。
- サイバーインシデント発生時の迅速な対応
インシデント対応計画と定期的な訓練により、サイバー攻撃やシステム障害発生時にも迅速に対応でき、被害を最小限に抑えられます。 - EU全体での規制統一による運営効率化
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法により、金融機関がEU内で統一された基準のもとで運用できるようになり、各国の規制に対応する手間が軽減されます。 - 顧客からの信頼性向上
サイバーセキュリティの強化により、顧客のデータ保護や取引の安全性が確保され、企業の信頼性向上につながります。 - サードパーティ依存リスクの軽減
サードパーティを含むITリスク管理が義務付けられるため、外部プロバイダ依存によるセキュリティリスクが低減され、安定したサービス提供が可能になります。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の導入による課題
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法には多くのメリットがある一方、いくつかの課題も指摘されています。
- 遵守コストの増加
インシデント対応計画の策定やテスト実施、外部プロバイダの監督強化にはコストがかかり、中小規模の金融機関やフィンテック企業にとっては負担が大きくなる可能性があります。 - 専門人材の不足
サイバーセキュリティやインシデント対応を行うためには専門的な知識を持つ人材が必要ですが、サイバーセキュリティ人材の不足が問題となっており、人材確保が課題となっています。 - 外部プロバイダとの調整
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の規定に従って外部プロバイダを管理するには、提供するサービスごとにセキュリティ基準を確認する必要があり、外部プロバイダとの調整が求められます。
まとめ
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA)は、サイバー攻撃やシステム障害に対して金融機関や関連企業が高いレジリエンス(回復力)を持てるよう、EUが策定した法規制です。インシデント発生時の対応体制やサードパーティの監督など、金融業界全体で統一されたセキュリティ基準を確立することにより、サイバーリスクへの耐性を強化します。
デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法の導入により、金融機関はシステムの安定性とサイバーセキュリティ体制を強化し、顧客の信頼性向上やEU内の規制調整による運営効率化といったメリットを享受できます。一方で、遵守コストや専門人材の不足といった課題もあるため、デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法対応には長期的な視点での体制構築が求められています。