近年、政府機関でのクラウドサービス利用が増加する中、サービスのセキュリティ確保が喫緊の課題となっています。機密性の高い行政情報を扱うクラウドサービスでは、データ漏洩等のリスクを最小限に抑える必要がありますが、各サービスのセキュリティレベルを個別に評価するのは容易ではありません。
そこで本記事では、政府機関のクラウドサービス調達に用いられるセキュリティ評価制度「ISMAP」について解説します。ISMAPの概要や認証基準、認証取得のメリットと留意点を理解することで、政府調達への参入を目指すクラウドサービス事業者や、安心してサービスを利用したい政府機関の担当者の方々に役立つ情報を提供できればと思います。
この記事の目次
ISMAPとは何か?政府の情報セキュリティマネジメント認証制度の概要
本記事では、ISMAPの概要や特徴、認証プロセスなどについて詳しく解説していきます。ISMAPに興味のある方はぜひご一読ください。
ISMAPの定義と目的
ISMAPとは、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度の略称で、正式名称を「情報システム安全性評価制度」と言います。この制度は、政府機関が利用するクラウドサービスなどの情報システムを対象に、その安全性を評価・認証するものです。
ISMAPの主な目的は、政府機関で利用されるクラウドサービスのセキュリティレベルを一定以上に保つことにあります。これにより、機密性の高い行政情報や国民の個人情報などを適切に保護し、安心・安全な電子行政サービスの提供に寄与することが期待されています。
ISMAPの対象となるサービスと基準
ISMAPの評価・認証の対象となるのは、政府機関で利用されるクラウドサービスやシステムです。具体的には以下のようなサービスが挙げられます。
- IaaS(Infrastructure as a Service)
- PaaS(Platform as a Service)
- SaaS(Software as a Service)
- その他、政府機関で利用される情報システム
ISMAPでは、これらのサービスに対して情報セキュリティ対策の基準を設けており、その基準を満たしているかどうかを評価します。基準は国際規格であるISO/IEC 27001やISO/IEC 27017などを参考に策定されており、セキュリティポリシーや物理的対策、運用管理体制など多岐にわたります。
ISMAPの認証プロセスと審査体制
ISMAPの認証を取得するには、所定の申請書類を提出し、第三者機関による審査を受ける必要があります。審査では、申請したサービスが基準を満たしているかどうかを、書類や実地での確認を通じて評価します。
審査は、政府の「デジタル庁」の下に設置された「ISMAP運営委員会」が指定した審査機関によって行われます。審査に合格すると、ISMAPの認証が付与され、政府機関での利用が可能となります。認証の有効期間は2年間で、継続して利用する場合は更新審査が必要です。
ISMAPとISMSの違いと関係性
ISMAPと聞いて、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)を連想する方もいるかもしれません。ISMSは、企業などの組織全体の情報セキュリティを管理するためのフレームワークで、ISMAPとは目的や対象が異なります。
ただし、ISMSの国際規格であるISO/IEC 27001の認証を取得していれば、ISMAPの審査における一部の項目が免除されるなど、両者には一定の関連性があります。ISMSの認証取得がISMAP認証の取得につながるわけではありませんが、情報セキュリティ対策の基盤としては重要な意味を持つと言えるでしょう。
ISMAPが求められる背景と意義
近年、クラウドサービスの利用が急速に拡大しています。それに伴い、セキュリティ面での課題も浮き彫りになってきました。ここでは、ISMAPが求められる背景と意義について詳しく見ていきましょう。
クラウドサービス利用の拡大とセキュリティリスク
クラウドサービスは、利便性や柔軟性の高さから、多くの企業や組織で導入が進んでいます。一方で、クラウドサービスの利用には、データの機密性や完全性、可用性に関するリスクが伴います。
クラウドサービス事業者のセキュリティ対策が不十分だと、利用者の大切な情報が漏洩したり、改ざんされたりする可能性があります。また、サービス停止による業務への影響も懸念されます。こうしたリスクへの対策が求められているのです。
政府機関におけるクラウドサービス活用の必要性
政府機関においても、業務の効率化やコスト削減のために、クラウドサービスの活用が不可欠になっています。しかし、扱う情報の機密性が高いため、十分なセキュリティ対策が取られたクラウドサービスを選択する必要があります。
従来の政府情報システムでは、調達や運用に時間とコストがかかっていました。クラウドサービスを活用することで、これらの課題を解決し、国民サービスの向上につなげていくことが期待されています。
ISMAPによるセキュリティ品質の確保と信頼性向上
ISMAPは、政府機関のクラウドサービス調達に際し、事業者のセキュリティ対策を評価・認証する制度です。ISMAPの認証を受けたクラウドサービスは、一定のセキュリティ品質が確保されていると見なすことができます。
政府機関は、ISMAPの認証を取得したクラウドサービスを優先的に採用することで、安心してサービスを利用できるようになります。また、事業者にとっても、ISMAPの認証を取得することで、自社サービスの信頼性を高めるメリットがあるでしょう。
ISMAPがクラウドサービス市場に与える影響
ISMAPの導入は、クラウドサービス市場にも大きな影響を与えると予想されます。ISMAPの認証取得が調達の条件となることで、事業者間の競争が促進され、セキュリティ品質の向上が期待できます。
また、ISMAPを通じて、政府機関とクラウドサービス事業者の連携が深まることで、新たなサービスやイノベーションが生まれる可能性もあります。ISMAPは、クラウドサービス市場の健全な発展と、より安全で信頼性の高いサービス提供に寄与するでしょう。
ISMAPの認証基準と要求事項
ISMAPの認証基準と要求事項について、詳しく見ていきましょう。クラウドサービスのセキュリティを確保するために、どのような基準が設けられているのでしょうか。
ISMAPの認証基準の構成と特徴
ISMAPの認証基準は、大きく分けて3つの部分で構成されています。それぞれの基準の概要と特徴について説明します。
ISMAPの認証基準は、「マネジメント基準」「クラウドサービス基本基準」「追加基準」の3つで構成されています。マネジメント基準は、クラウドサービス事業者の組織的な管理体制に関する要求事項を定めたものです。一方、クラウドサービス基本基準は、提供するクラウドサービスのセキュリティ対策に関する要求事項を規定しています。
さらに、追加基準では、クラウドサービスの種類や用途に応じて、より高度なセキュリティ要件が求められる場合に適用される基準が定められています。ISMAPの認証基準は、政府機関のクラウドサービス調達におけるセキュリティ要件を満たすことを目的としつつ、民間企業のクラウドサービス利用にも広く参照されている点が特徴です。
マネジメント基準の概要と要求事項
マネジメント基準では、どのような要求事項が定められているのでしょうか。クラウドサービス事業者に求められる組織的な管理体制について見ていきます。
マネジメント基準では、クラウドサービス事業者の情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の確立と運用が要求されています。具体的には、情報セキュリティポリシーの策定、リスクアセスメントの実施、セキュリティ対策の実装と運用、モニタリングと見直しなどが求められます。
また、クラウドサービス事業者には、サービス提供に関わる要員の適切な管理も求められています。これには、従業員の採用時の身元確認や守秘義務の徹底、教育・訓練の実施などが含まれます。マネジメント基準への適合は、クラウドサービス事業者の組織的なセキュリティ管理能力を示す重要な指標となります。
クラウドサービス基本基準の概要と要求事項
次に、クラウドサービス基本基準の概要と要求事項について説明します。提供するクラウドサービスに求められるセキュリティ対策の内容を見ていきましょう。
クラウドサービス基本基準では、クラウドサービスのセキュリティを確保するための具体的な対策が要求されています。これには、アクセス制御、暗号化、ログ管理、脆弱性管理、インシデント対応などの幅広い領域が含まれます。
例えば、アクセス制御では、利用者の認証方式や特権アクセスの管理、アクセス権限の最小限化などが求められます。また、暗号化では、データの保存時や通信時の暗号化、暗号鍵の適切な管理などが要求事項として挙げられています。クラウドサービス基本基準への適合は、提供するサービスのセキュリティレベルを示す重要な指標となります。
追加基準の種類と適用条件
最後に、追加基準の種類と適用条件について見ていきましょう。クラウドサービスの特性に応じて、どのような追加の要求事項が定められているのでしょうか。
追加基準には、「PaaS・SaaS基準」「監査の計画・実施基準」「高セキュリティクラウドサービス基準」の3種類があります。PaaS・SaaS基準は、プラットフォームやソフトウェアを提供するクラウドサービスに特化した要求事項を定めたものです。監査の計画・実施基準は、クラウドサービス事業者の監査に関する要求事項を規定しています。
高セキュリティクラウドサービス基準は、機密性の高い情報を取り扱うクラウドサービスに適用される追加の要求事項を定めたものです。これらの追加基準は、クラウドサービスの種類や用途に応じて選択的に適用されます。追加基準への適合は、より高度なセキュリティ要件を満たすクラウドサービスであることを示しています。
ISMAPの認証取得のメリットと注意点
ここでは、ISMAP認証取得によるクラウドサービス事業者とユーザー双方のメリットや、認証取得・維持に向けた課題について解説します。
ISMAP認証取得によるクラウドサービス事業者のメリット
ISMAP認証を取得することで、クラウドサービス事業者は政府機関等との取引機会が拡大します。政府によるクラウドサービスの積極的な活用方針を背景に、ISMAP認証は政府調達における必須要件となりつつあります。
また、ISMAP認証は、サービスのセキュリティ水準の高さを客観的に示す指標となります。これにより、民間企業等の取引先からの信頼性も向上し、ビジネスチャンスの拡大につながるでしょう。
ISMAP認証取得によるユーザー側のメリット
ISMAP認証を取得したクラウドサービスを利用することで、ユーザーは安心してサービスを活用できます。政府が定めた厳格な基準をクリアしたサービスであることが保証されているためです。
さらに、ISMAP認証サービスの利用は、ユーザー自身のセキュリティ対策の一助にもなります。高いセキュリティ水準のサービスを選択することで、情報漏洩等のリスクを低減できるでしょう。
ISMAP認証取得に向けた準備と課題
ISMAP認証の取得には、申請前の入念な準備が欠かせません。政府の定める管理基準に適合するよう、自社のセキュリティ対策を見直し、必要な改善を実施する必要があるでしょう。
また、申請にあたっては、整備した対策の十分な証跡を提示することが求められます。エビデンスの収集・整理には一定の工数を要するため、計画的に取り組むことが重要です。
ISMAP認証維持のための継続的な取り組み
ISMAP認証の取得後も、認証を維持するための継続的な取り組みが必要です。管理基準の変更に応じて対策を見直すとともに、定期的な監査への対応が求められるでしょう。
加えて、日々進化するサイバー脅威に対抗するため、最新の脅威動向を踏まえたセキュリティ対策の強化も欠かせません。認証維持のためには、セキュリティ対策の継続的な改善サイクルを確立することが重要になります。
ISMAPの今後の展望と課題
今後のISMAPの展望と課題について見ていきましょう。
ISMAPの普及状況と政府機関における導入事例
ISMAPは、2014年の開始以来、着実に普及が進んでいます。現在、多くの政府機関がISMAP認証を取得したクラウドサービスを利用しています。
例えば、総務省はISMAP認証を取得したクラウドサービスを活用し、行政事務の効率化を図っています。また、経済産業省も、ISMAP認証クラウドを導入することで、セキュリティ対策とコスト削減を両立させています。
ISMAPの国際的な認知度向上と海外展開の可能性
ISMAPは、日本発の優れたセキュリティ認証制度として、国際的にも注目を集めつつあります。今後は、ISMAPの国際的な認知度をさらに高め、海外展開を推進していくことが期待されています。
具体的には、ISMAPの基準を国際標準に適合させることや、海外のクラウドサービス事業者にISMAPの取得を促進することなどが考えられます。ISMAPが広く世界で採用されれば、グローバルなサイバーセキュリティの向上に大きく貢献できるでしょう。
ISMAPの継続的な改善と基準の更新
クラウド技術の進歩とサイバー脅威の変化に対応するため、ISMAPは継続的な改善と基準の更新が不可欠です。定期的な見直しを行い、最新のセキュリティ動向を反映させていく必要があります。
また、ISMAP認証取得事業者からのフィードバックを活かし、基準の明確化や審査プロセスの効率化を図ることも重要です。ISMAPの質を維持しつつ、利便性を高めていくことが求められています。
ISMAPを補完する他のセキュリティ認証制度との連携
ISMAPは、政府機関のクラウドセキュリティを確保する上で重要な役割を担っていますが、それだけですべてのセキュリティ課題に対処できるわけではありません。他のセキュリティ認証制度との連携により、より包括的なセキュリティ対策を実現していくことが望ましいです。
例えば、国際的に広く認知されているISO27001やSOC2といった認証制度と、ISMAPとの整合性を高めることで、事業者の負担を軽減しつつ、セキュリティレベルのさらなる向上を目指すことができるでしょう。各認証制度の強みを活かした連携が、今後のISMAPの発展に寄与すると考えられます。
まとめ
ISMAPとは、政府機関が利用するクラウドサービスのセキュリティ品質を確保するための認証制度です。クラウドサービス利用の拡大に伴うセキュリティリスクに対応し、政府におけるクラウド活用を促進することを目的としています。
ISMAPの認証基準は、マネジメント基準、クラウドサービス基本基準、追加基準の3つで構成されており、サービス提供者の組織的な管理体制や、提供するサービスのセキュリティ対策レベルを評価します。
クラウドサービス事業者にとって、ISMAP認証の取得は、政府機関との取引機会拡大や信頼性向上につながるメリットがあります。一方で、認証取得・維持には、セキュリティ対策の強化や継続的な改善の取り組みが求められます。
今後は、ISMAPのさらなる普及と国際的な展開、基準の継続的な改善と更新が期待されています。また、他のセキュリティ認証制度との連携により、よりレベルの高いセキュリティ環境の実現が望まれます。