
クラウドサービスの利用が広がる中、その「セキュリティ」レベルを客観的に示す「ISMSクラウドセキュリティ認証(ISO/IEC 27017)」への関心が高まっています。
「この認証は何?」「中小企業でも取得するメリットはあるの?」
本記事では、ISO/IEC 27017の基本から、取得のメリット、主要なポイント、そして中小企業における活用の勘所までを分かりやすく解説します。
信頼できるクラウド活用の第一歩を、この認証理解から始めましょう。
この記事の目次
ISMSクラウドセキュリティ認証(ISO/IEC 27017)とは何か?基本を理解する
クラウドサービスに特化した情報セキュリティ管理の国際規格、ISO/IEC 27017。まずは、この認証がどのようなもので、ISMS(ISO/IEC 27001)とどう違うのか、その基本的な枠組みを解説します。この理解が、クラウドセキュリティ戦略の基礎となります。
ISO/IEC 27017の概要と目的(クラウドサービス固有の指針)
ISO/IEC 27017は、クラウドサービスに関する情報セキュリティ管理策のための実践的な指針を提供する国際規格です。クラウド特有のリスク(データの分離、仮想環境のセキュリティなど)に対応するための具体的な管理策や実施ガイダンスを示し、クラウド環境における情報セキュリティレベルの向上を目的としています。
ISMS (ISO/IEC 27001) との関係性
ISO/IEC 27017は、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の国際規格であるISO/IEC 27001を補完する位置づけの規格です。
- アドオン規格: ISO/IEC 27001の認証を既に取得している、または同時に取得することを目指す組織が、クラウドサービスに関するセキュリティ対策を強化するために追加で取り組むものです。
- 共通の枠組み: ISO/IEC 27001で構築された情報セキュリティマネジメントシステムを基盤とし、そこにクラウド特有の管理策を追加・強化します。
- 認証の位置づけ: 単独でISO/IEC 27017の認証を取得するのではなく、ISMS認証の範囲内でクラウドセキュリティに関する指針に適合していることを示す形が一般的です。
クラウドサービスプロバイダとクラウドサービスカスタマ双方の役割
ISO/IEC 27017は、クラウドサービスを提供する側(プロバイダ)と、利用する側(カスタマ)の双方に対して、それぞれが実施すべきセキュリティ管理策を示しています。プロバイダは安全なサービス提供の責任を、カスタマは自社のデータと利用環境の保護責任を負い、両者が連携してセキュリティを確保することの重要性を説いています。
なぜ中小企業にもISO/IEC 27017認証が重要なのか?導入のメリット
国際規格の認証取得は大手企業のもの、と思っていませんか?実は中小企業にとっても、ISO/IEC 27017認証を取得または意識することには大きなメリットがあります。その具体的な利点を解説します。信頼獲得とリスク低減に繋がります。
【信頼性の向上】対外的なセキュリティレベルのアピール
ISO/IEC 27017の指針に沿った運用や認証取得は、顧客や取引先に対して、自社がクラウドセキュリティに真摯に取り組んでいることを客観的に示す強力なアピールとなります。特にクラウド上で重要な情報を扱う場合、この信頼性はビジネスチャンスの拡大に不可欠です。
【競争力の強化】クラウドサービス選定基準としての優位性
クラウドサービスを選定する際、多くの企業(特に大手企業や官公庁)は、提供事業者のセキュリティ体制を重視します。
- 入札案件での有利性: 公共案件の入札などでは、ISO/IEC 27017のような第三者認証が評価項目となる場合があります。
- 取引先からの要求: サプライチェーン全体でのセキュリティ確保が求められる中、取引先からクラウドセキュリティに関する取り組み状況の提示を求められるケースも増えています。 認証取得は、これらの場面で競争上の優位性をもたらします。
【体制整備】クラウドセキュリティ管理体制の明確化と継続的改善
ISO/IEC 27017への対応は、自社のクラウドセキュリティに関する規程や手順を見直し、体系的な管理体制を構築する良い機会となります。リスクアセスメント、管理策の導入、内部監査、経営層によるレビューといったPDCAサイクルを回すことで、セキュリティレベルの継続的な改善が期待できます。
【リスク低減】クラウド特有のリスクへの具体的な対策実施
ISO/IEC 27017は、クラウドサービスに特有の様々なセキュリティリスク(例:マルチテナント環境でのデータ分離、仮想化技術のセキュリティ、サービス終了時のデータ処理など)に対する具体的な管理策を示しています。これらに取り組むことで、漠然とした不安を具体的な対策に落とし込み、リスクを効果的に低減できます。
ISO/IEC 27017の主要な管理策とクラウドセキュリティのポイント
ISO/IEC 27017では、クラウドサービスに特有の情報セキュリティ管理策が示されています。ここでは、その中でも特に重要な管理策のポイントを、クラウド利用者(カスタマ)と提供者(プロバイダ)双方の視点から解説します。自社の立場に合わせて確認しましょう。
クラウドサービスカスタマ向けの追加管理策のポイント
クラウドサービスを利用する企業(カスタマ)は、サービス提供者との責任分界点を明確にし、自社が管理すべき範囲のセキュリティ対策を確実に実施する必要があります。例えば、クラウド上の仮想マシンのOSやミドルウェアのセキュリティ設定、アクセス権限管理、データの暗号化などが該当します。
クラウドサービスプロバイダ向けの追加管理策のポイント
クラウドサービスを提供する企業(プロバイダ)には、より専門的で高度なセキュリティ管理策が求められます。
- 仮想環境の分離: 複数の顧客が同じ物理インフラを共有するマルチテナント環境において、顧客ごとのデータや処理環境を論理的に確実に分離する。
- 顧客データの保護: 顧客から預かるデータの機密性、完全性、可用性を維持するための強固な対策(暗号化、バックアップ、アクセス制御など)。
- 管理者アクセスの制御: 特権IDの厳格な管理と操作ログの取得・監視。
- サービス終了時のデータ処理: 顧客との契約終了時に、顧客データを安全かつ確実に消去または返却する手順の確立。
共通して重要な管理策(情報共有、インシデント対応など)
プロバイダとカスタマ双方に共通して重要な管理策としては、セキュリティに関する情報共有の仕組み(例:プロバイダからの脆弱性情報提供)、インシデント発生時の連携体制、そしてクラウドサービス利用に関わる契約条件の明確化などが挙げられます。相互の協力体制が、クラウド全体の安全性を高めます。
中小企業におけるISO/IEC 27017認証取得のステップと注意点
ISO/IEC 27017認証を取得するには、どのようなステップを踏むのでしょうか。ここでは、中小企業が認証取得を目指す際の基本的な流れと、事前に知っておくべき注意点を解説します。計画的な準備が、スムーズな認証取得の鍵です。
認証取得の基本的な流れ(ISMS認証が前提となる場合が多い)
前述の通り、ISO/IEC 27017はISMS(ISO/IEC 27001)のアドオン規格であるため、多くの場合、ISMS認証の取得が前提となります。基本的な流れとしては、ISMS認証の枠組みの中で、クラウドサービスに関する追加の管理策を導入・運用し、審査を受ける形になります。
認証範囲の決定と適用宣言書の作成
まず、どのクラウドサービス(またはクラウドを利用した業務プロセス)を認証の範囲とするかを明確に決定します。その上で、ISO/IEC 27017の各管理策に対して、自社がどのように対応しているかを具体的に記述した「適用宣言書(SoA)」を作成します。
- 範囲決定のポイント:
- 自社の事業にとって重要なクラウドサービスを優先する。
- クラウドサービスカスタマとしての立場か、プロバイダとしての立場か(または両方か)を明確にする。
- 無理のない範囲から始め、段階的に拡大することも検討する。
審査機関の選定と審査プロセス
ISO/IEC 27017の審査は、認定された審査機関によって行われます。複数の審査機関から見積もりを取り、実績や専門性を比較検討して選定します。審査は通常、文書審査と現地審査の2段階で行われ、規格への適合性が評価されます。
中小企業が認証取得で直面しやすい課題と対策
中小企業がISO/IEC 27017認証取得を目指す際には、いくつかの課題に直面することがあります。
- リソース不足: 専門知識を持つ人材や、認証取得にかかる時間・費用が限られている。
- 対策:外部コンサルタントの活用、段階的な取得計画、利用可能な補助金制度の調査。
- ノウハウ不足: クラウドセキュリティに関する具体的な管理策の導入方法や文書作成のノウハウが不足している。
- 対策:規格の解説セミナーへの参加、同業他社の事例研究、審査機関からの情報提供。
- 経営層の理解: 認証取得の意義やメリットが経営層に十分に伝わらず、協力が得にくい。
- 対策:具体的なリスクとメリットを提示し、経営課題として取り組む必要性を訴える。
ISO/IEC 27017認証取得に向けた準備段階の主要なチェックリストを以下に示します。
準備フェーズ | チェック項目例 | 備考 |
1. 理解と意思決定 | □ ISO/IEC 27017の規格内容を理解したか □ 認証取得の目的とメリットを経営層が認識したか □ 認証取得の責任者・担当者を任命したか |
– 外部セミナー参加や専門家への相談も検討 |
2. ISMS認証の状況確認 | □ 既にISMS(ISO/IEC 27001)認証を取得済みか、または同時取得を目指すか □ ISMSの適用範囲とクラウドサービスの関連性を確認したか |
– ISO/IEC 27017はISMSのアドオン規格 |
3. 適用範囲の明確化 | □ 認証を取得するクラウドサービスの範囲を特定したか(IaaS, PaaS, SaaSの別、対象システムなど) □ クラウドサービスカスタマとしての立場か、プロバイダとしての立場か、あるいは両方か |
– 認証範囲によって準備内容が異なる |
4. 体制構築・文書整備 | □ クラウドセキュリティに関する規程や手順書を整備・見直ししたか □ ISO/IEC 27017の追加管理策に対応できているか □ 適用宣言書(SoA)の準備はできているか |
– 既存のISMS文書に追加・修正する形が一般的 |
5. 内部監査・改善 | □ 認証取得前に内部監査を実施し、不適合事項を是正したか □ 従業員へのクラウドセキュリティ教育を実施したか |
– 継続的な改善プロセスを確立する |
6. 審査機関の選定 | □ 認定された審査機関の情報を収集し、見積もりを取得したか □ 審査機関の実績や専門性を確認したか |
– 複数の審査機関を比較検討する |
ISO/IEC 27017認証を活かしたクラウドセキュリティ体制の構築と維持
ISO/IEC 27017認証は取得がゴールではありません。認証を活かして、実効性のあるクラウドセキュリティ体制を構築し、継続的に維持・向上させていくためのポイントを解説します。認証は、信頼されるクラウド活用を持続するためのスタートラインです。
認証取得を機とした全社的なセキュリティ意識の向上
ISO/IEC 27017認証取得のプロセスは、クラウドセキュリティに関する全社的な意識を高める絶好の機会です。経営層から一般従業員まで、それぞれの立場でクラウドのリスクと対策の重要性を再認識し、セキュリティを「自分ごと」として捉える文化を醸成しましょう。
定期的な内部監査とマネジメントレビューによる継続的改善
認証取得後も、ISMSのPDCAサイクルに基づき、定期的な内部監査と経営層によるマネジメントレビューを実施することが不可欠です。
- 内部監査のポイント:
- ISO/IEC 27017の管理策が適切に運用されているか。
- 新たなクラウド利用形態や脅威に対応できているか。
- 従業員の理解度や遵守状況はどうか。 これらの活動を通じて、クラウドセキュリティ体制の有効性を評価し、継続的な改善に繋げます。
クラウドサービスプロバイダとの連携と情報共有の強化
クラウドサービスのセキュリティは、プロバイダとカスタマ双方の責任と協力によって成り立っています。プロバイダが提供するセキュリティ機能や情報を最大限に活用し、障害情報や脆弱性情報などを迅速に共有・連携できる体制を構築することが重要です。SLA(サービス品質保証契約)の内容も定期的に確認しましょう。
まとめ
ISMSクラウドセキュリティ認証(ISO/IEC 27017)は、中小企業がクラウドサービスを安全に利用し、その信頼性を内外に示すための重要な指針です。本記事で解説した認証の基本、取得のメリット、主要な管理策、そして取得・維持のポイントを参考に、自社のクラウドセキュリティ体制の強化と、より安全なデジタルトランスフォーメーションの推進に役立ててください。