サイバー攻撃において、攻撃者が侵入したシステムから内部ネットワークに潜伏し、他のシステムへと不正アクセスを試みる「水平展開」が大きな脅威になっています。この記事では、攻撃者が水平展開を行う目的や手口、組織に与える影響、そして水平展開を防ぐための具体的な対策について解説します。
水平展開によって攻撃者の侵入範囲が拡大すれば、機密情報の漏洩やシステム停止など、被害が広範囲に及ぶ可能性があります。さらに、正規のアカウントを悪用して行われるため、攻撃の検知が非常に困難だというのが水平展開の厄介なところです。
しかし、ネットワークのセグメンテーションやアクセス制御の見直し、脆弱性管理の徹底など、適切な対策を多層的に講じることで、水平展開のリスクを大幅に減らすことができるでしょう。加えて、ゼロトラストセキュリティの考え方を取り入れることで、より強固な防御が可能になります。この記事を通して、水平展開の脅威と対策について理解を深めていただき、組織のセキュリティ強化に役立てていただければ幸いです。
水平展開(ラテラルムーブメント)とは
水平展開の定義
水平展開(ラテラルムーブメント)とは、攻撃者が侵入したネットワーク内で、最初に侵入したシステムから他のシステムへと横方向に移動し、ネットワーク全体への侵入を拡大していく攻撃手法のことを指します。
攻撃者は、ネットワーク内の脆弱性や設定ミスを突いて侵入し、侵入したシステムの権限を乗っ取ります。そして、そのシステムを足掛かりとして、ネットワーク内の他のシステムへと侵入範囲を拡大していくのです。
水平展開の目的と攻撃者の意図
水平展開の主な目的は、ネットワーク内のより多くのシステムを制御下に置き、機密情報の窃取や破壊活動を行うことです。攻撃者は、ネットワーク内を横断的に移動することで、重要なシステムやデータへのアクセス権を獲得しようとします。
また、水平展開によって多数のシステムを乗っ取ることで、攻撃者はボットネットを構築し、他のネットワークへの攻撃の足掛かりとすることもあります。攻撃者の最終的な意図は、金銭的利益の獲得やサービスの妨害、スパイ活動など様々です。
水平展開の手法と攻撃経路
水平展開では、様々な手法が用いられます。代表的なものとしては、侵入したシステムから他のシステムへのリモートデスクトップ接続、ネットワーク内の共有フォルダの不正利用、パスワードクラッキングによる他のアカウントへの侵入などが挙げられます。
攻撃経路としては、ファイアウォールで適切に遮断されていないネットワークの境界線や、セキュリティパッチが適用されていない古いシステム、管理者権限を広く付与されたアカウントなどが狙われやすくなっています。システム間の接続状況を把握し、適切にセグメンテーションすることが水平展開の防止に重要です。
水平展開の脅威
ここでは、水平展開がもたらす脅威について詳しく見ていきましょう。
侵入範囲の拡大と被害の大規模化
水平展開の最大の脅威は、攻撃者が最初に侵入したシステムから他のシステムへと侵入範囲を拡大させ、被害を大規模化させることです。
攻撃者は、侵入したシステムから内部ネットワーク上の他のシステムへ不正アクセスを試みます。これにより、単一のシステムへの侵入が、組織全体へのセキュリティ侵害へと発展する可能性があるのです。
また、水平展開によって複数のシステムが乗っ取られると、データの改ざんや破壊、情報漏洩など、被害が広範囲に及ぶリスクが高まります。
重要情報の漏洩リスク
水平展開によって侵入範囲が拡大すると、攻撃者は機密情報や個人情報などの重要データにアクセスできる可能性が高くなります。
攻撃者は、侵入したシステムから権限の高いアカウントを奪取し、重要データの格納場所へとアクセスを試みます。機密情報や個人情報が漏洩すれば、組織の信用失墜や多額の損害賠償につながりかねません。
また、知的財産の漏洩は競争力の低下を招く恐れがあり、水平展開による情報漏洩は組織に深刻な打撃を与えるでしょう。
システム停止による業務への影響
水平展開によって複数のシステムが乗っ取られると、攻撃者がシステムを停止させることで業務に支障をきたす可能性があります。
例えば、攻撃者が重要なサーバーやデータベースに侵入し、システムを停止させれば業務が滞るでしょう。また、ランサムウェアによる脅迫で、データを暗号化され身代金を要求されるケースもあります。
システム停止による業務の中断は、組織の生産性や収益性に直接的な影響を与え、ビジネスに大きな打撃を与える恐れがあるのです。
攻撃の検知の困難さ
水平展開は、攻撃者が正規のアカウントを乗っ取って実行するため、攻撃の検知が非常に困難です。
攻撃者は盗み取ったアカウントを使って、まるで正規のユーザーであるかのように振る舞います。そのため、不審なアクセスや通信を見抜くのは容易ではありません。
また、水平展開は長期間にわたって少しずつ進められることが多く、初期段階での検知が難しいのです。攻撃の兆候に気づいた時には、すでに広範囲にシステムが侵害されている可能性があるでしょう。
水平展開のプロセスと攻撃手法
こでは、その典型的な流れと各段階で用いられる攻撃手法について解説します。
初期侵入とフットホールドの確立
水平展開の第一歩は、ネットワークへの初期侵入とフットホールド(足がかり)の確立です。攻撃者は、フィッシングメールやマルウェア、脆弱性を突いた攻撃などにより、ネットワーク内の一台のマシンに侵入します。
侵入後、攻撃者はそのマシンに踏み台を築き、ネットワーク内部の偵察を開始します。この段階では、ポートスキャンやネットワークマッピングツールを用いて、ネットワーク構成や他のマシンの情報を収集します。
侵入範囲の拡張
フットホールドを確立した攻撃者は、次に侵入範囲を拡張します。この段階では、パスワードクラッキングや盗聴、パス・ザ・ハッシュ(PtH)攻撃などにより、他のマシンへのアクセス権を獲得していきます。
また、侵入先のマシンに潜伏し、ユーザーの操作を監視することで、アクセス情報を窃取する手口も用いられます。こうして侵入範囲を徐々に広げ、ネットワーク内で自在に活動できる状態を築いていきます。
特権の昇格と管理者権限の取得
十分な侵入範囲を確保した攻撃者は、次に特権の昇格を図ります。目的は、ドメイン管理者など、ネットワークを統括する権限の獲得です。
この段階では、OSやソフトウェアの脆弱性を突く特権昇格攻撃や、窃取したアクセス情報の悪用が行われます。管理者権限を握ることで、攻撃者はネットワーク全体を掌握し、自由に操作できるようになります。
情報の収集と外部への送信
ネットワークを掌握した攻撃者は、目的の情報を収集し、外部に送信します。狙われるのは、個人情報や機密情報、知的財産など、金銭的・戦略的価値の高いデータです。
情報の収集には、ファイルサーバーへの不正アクセスや、各マシンの濃密な探索が行われます。収集したデータは暗号化した上で、外部のサーバーにアップロードされます。
痕跡の隠蔽と攻撃の持続
攻撃の最終段階では、ログの改竄・削除、バックドアの設置、侵入経路の確保などが行われ、再侵入を容易にします。
また、攻撃の発覚を遅らせるため、データの少量ずつの窃取や、ネットワークの監視を回避する手法も用いられます。水平展開による攻撃は、こうして気づかれないまま長期化し、甚大な被害をもたらすおそれがあります。
水平展開に対する防御策
ここでは、水平展開を防ぐための主要な防御策について詳しく解説します。組織のセキュリティ態勢を強化し、攻撃者の侵入と被害拡大を未然に防ぐための手がかりとなるでしょう。
ネットワークセグメンテーションとアクセス制御
ネットワークをセグメント化し、各セグメント間のアクセスを制限することは、水平展開を防ぐ上で非常に有効です。セグメンテーションにより、攻撃者が侵入したセグメントから他のセグメントへ自由に移動することを防げます。
また、ファイアウォールやVLANを使用して、業務上必要なアクセスのみを許可し、不要なアクセスを遮断することも重要です。ネットワークアクセス制御(NAC)システムを導入すれば、認証されたデバイスや認可されたユーザーのみがネットワークにアクセスできるようになります。
最小権限の原則の適用
ユーザーアカウントに付与する権限は、業務上必要な最小限のものに留めるべきです。管理者権限を持つアカウントの数を最小限に抑え、日常業務では標準ユーザー権限のアカウントを使用するようにしましょう。
万が一、攻撃者が標準ユーザーのアカウントを乗っ取った場合でも、システム全体への影響を最小限に食い止められます。定期的にアカウントの権限を見直し、不要になった権限は速やかに削除しましょう。
脆弱性管理とパッチ適用
攻撃者は、OSやアプリケーションの脆弱性を突いてシステムに侵入し、水平展開を図ります。したがって、脆弱性の把握とタイムリーなパッチの適用が非常に重要になります。
脆弱性スキャンを定期的に実施し、発見された脆弱性には優先度に応じてパッチを適用していきましょう。ゼロデイ脆弱性など、パッチが提供されていない脆弱性についても注意が必要です。ワークアラウンドを実施したり、代替策を講じたりして、リスクを軽減することが求められます。
異常検知とモニタリング
ネットワークやエンドポイントの異常を検知し、リアルタイムに監視することは、水平展開の兆候を早期に発見するために欠かせません。不審なネットワークトラフィックやプロセス、ファイルの変更などを検知できるシステムを導入しましょう。
ログの収集と分析も重要なポイントです。SIEM(Security Information and Event Management)などのログ管理ツールを活用し、複数のログを横断的に分析することで、攻撃の全容を把握しやすくなります。
インシデント対応計画の整備
万が一、水平展開による被害が発生した場合に備え、インシデント対応計画を整備しておくことが大切です。どのようなインシデントが起こり得るかを想定し、対応手順やコミュニケーション体制、意思決定プロセスなどを明確に定義しておきましょう。
また、インシデント対応の訓練を定期的に実施することで、計画の実効性を高めることができます。訓練を通じて課題を洗い出し、継続的に改善を図っていくことが肝要です。
従業員教育とセキュリティ意識の向上
技術的な対策を講じるだけでなく、組織の全従業員にセキュリティ教育を施し、意識を高めることが重要です。標的型攻撃メールの見分け方、不審なメールへの対処法、強力なパスワードの設定方法など、日常業務におけるセキュリティ対策について、具体的に教育していく必要があります。
加えて、セキュリティに関するニュースや事例を共有し、脅威への理解を深めてもらうことも効果的でしょう。従業員一人ひとりがセキュリティの重要性を認識し、自発的に対策を実践できる組織文化の醸成を目指しましょう。
水平展開対策におけるゼロトラストセキュリティモデル
ゼロトラストセキュリティは、組織内外を問わず全てのユーザーやデバイスを信頼せず、常に認証・検証を行うセキュリティアプローチです。この考え方を導入することで、水平展開のリスクを大幅に低減できると期待されています。
ゼロトラストセキュリティの概要
ゼロトラストセキュリティモデルは、従来の境界型セキュリティとは異なるアプローチを取ります。境界型セキュリティでは、組織内のネットワークを信頼し、外部からの脅威のみを防御対象としていました。
一方、ゼロトラストでは「信頼せず、常に検証する」という原則に基づき、内部ネットワーク上のユーザーやデバイスであっても、アクセスのたびに厳格な認証・認可を行います。これにより、侵入者が内部ネットワークに潜んでいたとしても、機密情報への不正アクセスを防ぐことができるのです。
ゼロトラストセキュリティを実現するためには、以下のような要素が重要となります。
- 多要素認証の導入
- least privilegeの原則に基づくアクセス制御
- ネットワークのセグメンテーション
- 継続的な監視とログ分析
これらの対策を組み合わせることで、組織内のセキュリティ態勢を強化し、水平展開のリスクを最小限に抑えることが可能になります。
ゼロトラストによる水平展開防止のメリット
ゼロトラストセキュリティモデルを導入することで、水平展開対策において以下のようなメリットが期待できます。
- 侵入者の行動範囲の限定
- 早期検知・対応の実現
- セキュリティ意識の向上
まず、ゼロトラストではアクセス制御が細かく設定されているため、仮に攻撃者が内部ネットワークに侵入したとしても、移動できる範囲が限られ、被害を最小限に抑えられます。
また、常時監視とログ分析により、不審な動きをいち早く検知し、速やかに対処することが可能になります。これにより、侵入者が長期間にわたって潜伏するリスクを低減できるでしょう。
加えて、ゼロトラストの考え方を組織全体で共有することで、従業員一人ひとりのセキュリティ意識が高まります。内部からの脅威に対する警戒心を持つことで、不注意によるデータ流出や内部犯行のリスクも減らすことができるはずです。
ゼロトラストセキュリティの導入における課題
ゼロトラストセキュリティは水平展開対策に有効ではありますが、導入に際してはいくつかの課題があります。
一つ目は、既存システムとの互換性の問題です。レガシーなシステムが多い組織では、ゼロトラストに対応させるために、大規模な設計変更が必要になるケースもあるでしょう。
二つ目は、運用コストの増大です。きめ細かなアクセス制御や継続的な監視を行うためには、専門的な知識を持つ人材の確保とともに、一定の予算が必要となります。
三つ目は、ユーザビリティへの影響です。厳格な認証プロセスを導入することで、業務効率が低下する恐れがあります。利便性とセキュリティのバランスを取ることが肝要だと言えるでしょう。
これらの課題を克服するためには、自社の状況を踏まえた綿密な計画と、段階的なアプローチが欠かせません。ゼロトラストセキュリティは万能ではありませんが、適切に実装・運用することで、水平展開のリスクを大幅に低減できる有力な選択肢の一つと言えるでしょう。
まとめ
水平展開(ラテラルムーブメント)は、攻撃者が侵入したシステムから内部ネットワークを横断的に移動し、深刻な被害をもたらす恐れがあります。機密情報の窃取やシステム停止など、組織に与える影響は計り知れません。
この脅威に立ち向かうには、ネットワークセグメンテーションやアクセス制御の強化、脆弱性管理の徹底など、多層的なセキュリティ対策が欠かせません。加えて、ゼロトラストセキュリティの考え方を取り入れることで、より強固な防御が可能になるでしょう。
しかし、技術的な対策だけでは不十分です。組織全体でセキュリティ意識を高め、一人ひとりが脅威に対する警戒心を持つことが何より重要です。従業員教育を通して、日常業務におけるセキュリティ対策の重要性を浸透させていく必要があります。
そして、水平展開への防御は一朝一夕では成し遂げられません。常に最新の脅威動向を把握し、継続的にモニタリングと改善を重ねていくことが求められます。セキュリティ強化を継続することこそが、水平展開の脅威に打ち勝つ鍵となるでしょう。