職場で金銭や物品が横領された場合、警察に告訴状を提出して犯人を告発することが可能です。警察で告訴状が受理されると、警察の捜査が開始され、犯人の逮捕や刑事裁判を行える場合があります。
しかし警察に犯人を告発しても、横領の明確な証拠がなければ、告訴状が受理されず捜査開始に時間がかかります。したがって、告訴状を提出する際は社内で横領調査を行う必要があります。
本記事では業務上横領が発覚し、刑事告訴を希望する場合に、横領の証拠を集めて刑事告発する方法について解説します。
目次
業務上横領罪とは?
業務上横領罪は刑法253条に以下の条文があります。
- 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する
業務上横領罪の定義は、業務上、他人の金品を預かる人物が、自己や第三者のために委託信任関係に基づく占有物を不法に領得を行うことです。具体的な業務横領罪に相当するケースは以下の通りです。
- 経理担当者が会社の資金を私的使用のために自身の口座に入金した
- 郵便配達員が配送物である他人のクレジットカードを着服した
- 建設会社社員が下請け企業と共謀し、違法なキックバックを受け取った
業務上横領の事例
業務上横領の事例は以下の通りです。
- 経理担当者が13年間にわたり総額約21億5,500万円をインターネットバンキングを使用して自身の口座に不正送金した。
出典朝日新聞
- 経理担当者と共謀し、事情を知らない別の経理担当者に指示して会社の口座から自身が管理する口座に約2,000万円を送金した。
出典裁判所判例
このように業務上横領は近年、パソコンやスマートフォンを通じて一度に数千万円以上の金額が横領される被害が発生しています。中には組織的に犯行が行われた事例もあり、メールで指示がやり取りされた事件もあります。
横領が発覚した場合、パソコンやスマートフォンのデータも犯罪の証拠とすることで、事件の全容を把握し、刑事告訴や懲戒解雇に踏み切ることができます。ただしデジタルデータは一般的な操作でコピーをとると、データ上は別物となってしまいます。このままでは裁判で証拠の改ざんなどが疑われるため、適切な証拠保全を専門機関で行ってもらう必要があります。
業務上横領が発覚した際の企業の対応
職場で業務上横領が発覚した場合、適切な企業の対応は以下の通りです。
- 横領犯の懲戒処分・解雇を行う
- 示談に応じる
- 民事訴訟を行う
- 刑事告訴する
横領犯の懲戒処分・解雇を行う
横領の事実が明確で、横領犯が特定できた場合、職場の秩序を維持するために懲戒処分を行う必要があります。懲戒処分とは企業が従業員に下す制裁行為で、口頭注意の戒告から懲戒解雇まで7種類あります。
懲戒処分には就業規則に横領の罰則規定が明示されている必要がありますが、多くの場合は解雇となります。
ただし、懲戒処分の中で最も重い懲戒解雇は適用が困難で、懲戒解雇した社員から不当解雇として訴えられる場合もあります。企業は訴訟のリスクを踏まえて業務上横領の証拠収集を念入りに行う必要があります。
示談に応じる
業務上横領を法的に解決する手段として示談、民事訴訟、刑事告訴があります。
このうち示談は業務上横領を公表せず、社内の話し合いによって解決を行います。横領の示談では主に被害額の弁済について話し合います。ここで問題となるのが、横領犯の支払い能力になります。
横領金は犯人の生活費やギャンブル、借金返済などに使用されることが多く、一括返済が困難な場合も少なくありません。その場合は連帯保証人や公正証書を作成して横領金を徴収する方法もあります。
民事訴訟を行う
主に示談で被害金の弁済額について合意ができなかった場合や、横領金の一括返済が困難な場合は民事訴訟を行い損害賠償を請求することが可能です。
民事訴訟について警察は捜査を行えないため、裁判に必要な証拠は社内で収集するか、民間の調査会社に依頼して行いましょう。
刑事告訴する
刑事告訴とは警察に告訴状を提出し、犯罪者の処罰を強く求めることを指します。
業務上横領を行った従業員を刑事告訴する場合は、企業側で告訴状を作成し、警察に提出する必要があります。
業務上横領で告訴状を提出する場合、横領の被害状況など判明している事実を詳しく記載する必要があります。告訴状に記入を推奨する内容は以下の通りです。
- 横領が行われた日時
- 横領された場所
- 横領金の総額
- 横領の手口
- 横領の犯人
- 犯人が横領した理由
なお告訴状について決まった書式はなく、弁護士に代筆してもらうことも可能です。告訴状を作成したら警察署や検察庁の窓口に直接持参するか、郵送しましょう。なお告訴状が警察に到着しても、都度修正や告発に必要な証拠の提出を求められる場合があります。正式に告訴状が受理されるまで、警察と連絡を密にとり、刑事告訴の対象範囲を決定しましょう。
告訴状が受理された場合は警察が捜査を行い、容疑者の捜査・逮捕が行われます。横領事件の関係者の取り調べや調書作成の際に、警察への出向や、証拠の提出が求められた場合は、捜査に協力してください。捜査が一通り完了したら、検察庁が事件を捜査し、刑事裁判を行う「起訴」か行わない「不起訴」が判断されます。
検察が起訴相当と判断すれば刑事裁判が行われ、量刑が決定します。なお初公判から最終公判までは事件の複雑さに応じて数日から年単位の時間がかかります。
警察の捜査開始と検察官の起訴は横領の事実が明確か否かで判断されます。企業側で確保した証拠を警察に提出することで、捜査開始から刑事裁判まで速やかに進行する場合があります。
業務上横領罪で従業員を刑事告訴するメリット
横領した従業員を刑事告訴した時のメリットは以下の通りです。
- 横領金が返済される場合がある
- 社内不正の抑止力になる
- 横領犯に刑事責任を追及できる
横領金が返済される場合がある
横領事件の傾向として、横領した金額が合計で数百万円以上となると、刑事裁判となる可能性が高くなります。
業務上横領で裁判となった場合の量刑は、横領した金額に加え、犯行の悪質性などを鑑みて判断される傾向にあります。一方で犯人の態度、弁済の意思と弁済済みの金額によっては減刑や執行猶予がつくこともあります。
したがって横領犯が減刑を望んでいる場合は、横領金が一部でも返済されることが予想されます。
社内不正の抑止力になる
業務上横領により刑事告訴を行った事実を社内に公表することで、社内が不正行為に対し、厳正に処罰したことを示すことができます。企業側の態度が社内不正に対する心理的なハードルを上げ、一定の抑止力として働く場合があります。
横領犯に刑事責任を追及できる
刑事告訴をするメリットは犯人を逮捕し、刑事責任を追及できる点です。
業務上横領罪は法律上「10年以下の懲役」と他の横領罪と比較して最も重い罪です。横領金が莫大になると、反省や弁済の意思を見せても実刑判決となる場合があります。
企業の信頼の低下や倒産を招きかねませんので、迅速に社内で調査を行い、警察へ告訴することも考慮しましょう。
業務上横領の告発に必要な証拠例
警察に業務上横領の件で告訴状を提出し、速やかに受理してもらうには証拠が必要になります。証拠がなくとも告訴状は提出可能ですが、告訴状の受理から捜査開始まで時間がかかる場合もあります。犯人によって証拠隠滅されないためにも企業側も証拠を収集し、警察に提出することで犯人の逮捕やスムーズな刑事裁判につながる可能性があります。
業務上横領を告発・証明するには、横領が行われた証拠が1つでも多く必要です。横領が行われたことを示す証拠例には以下のものがあげられます。
- 金額が明らかに水増しされている領収書
- 監視カメラの映像
- 関係者の証言
- 横領犯本人の自白
- 横領を指示した電子メール
- 架空請求をした領収書のファイル・データ
- SNSやアプリ上のログ
業務上横領の証拠収集方法のポイント
横領の証拠となる社内の書類を収集する
- 金額が合わない帳簿
- 架空取引の伝票
- 不自然な量の物品が購入されている領収書
以上のような書類は社内調査で入手できる可能性があります。横領の証拠と思われる書類や帳簿などがあれば保管しておきましょう。
監視カメラの映像を取得する
業務上横領の一部始終が記録された監視カメラの映像データは重要な証拠品となります。監視カメラの映像データを入手しておきましょう。
ただし監視カメラに映った映像だけでは確証が得られない場合、他の証拠で監視カメラの映像の裏付けを補強することが必要です。
関係者に事情聴取を行う
業務上横領の証拠を集めきり、犯人が特定できる場合は犯人の上司や取引先など関係者に事情聴取を行いましょう。
事情聴取を行う際は書面に記録するだけでなく、録音をとっておくことで刑事告訴や裁判の際に証拠にできます。
注意点として横領犯本人とその共犯者への事情聴取は証拠を集めきるまで行わず、事前予告なしに行いましょう。証拠隠滅を図るおそれがあります。
収集した証拠の一覧表をエクセルなどにまとめる
横領の証拠が大量にある場合は、証拠と横領事件の事実関係を端的に示せるように収集済みの証拠をエクセルなどで一覧表にまとめましょう。
告訴状を提出する場合、警察から収集した証拠を一覧として提出するように要請される場合があります。
デジタルデータを証拠とするには特殊な調査方法が必要
- 業務用端末のメールデータ
- 電子端末のアクセスログ
- USBメモリや外付けHDDに保存されたファイルのデータ
注意点として、業務上横領を証明する証拠のうち、上記のようなデジタルデータなどは一般的な証拠の収集方法では証拠能力が不十分とみなされる場合があります。これはデジタルデータが削除や改ざんが容易なためです。
電子メールや請求書データなどを裁判所や警察などに提出して、法的利用を行うには「フォレンジック調査」と呼ばれる特殊な手順で調査する必要があります。
フォレンジック調査とは、デジタル機器のデータを証拠として保全・解析し、証拠能力を確保するための調査です。
具体的にはパソコンやスマートフォン、USBメモリなどのデジタル機器を対象に、ログなどの保存データを専門技術を用いて解析し、不正アクセスなどのサイバー攻撃の経路や、業務上横領や情報持ち出しなどの証拠収集や原因の特定を行います。
横領調査をフォレンジック調査会社に任せるメリット
告発や訴訟などデジタルデータを業務上横領の証拠として法的活用するのであれば、第三者調査機関であるフォレンジック調査会社に調査を任せることをおすすめします。社内で調査を完結させるよりも、デジタル端末から横領や不正の証拠となる情報を引き出せる場合があります。
横領調査をフォレンジック調査会社に任せる具体的なメリットは以下の通りです。
- デジタルデータに証拠能力を持たせられる
- 犯人に証拠隠滅されても対応できる場合がある
- 行政機関に提出できる報告書が作成できる
デジタルデータに証拠能力を持たせられる
例えば横領の証拠をパソコンから集める場合、一般的な方法ではスクリーンショットの撮影やUSBメモリなどにデータをコピーします。
しかしコピーしたデータの見た目は同じですが、データに変換すると元データとは異なるデータになります。したがって裁判などにスクリーンショットなどを提出しても、元データやコピーデータに改ざんの疑いが発生して決定的な証拠となりえない場合があります。
一方でフォレンジック調査会社に調査を依頼すると、データの調査前に適切な保全作業を行ったうえでデータの調査を行います。これにより元データに改ざんの形跡がないことを証明することが可能です。
犯人に証拠隠滅されても対応できる場合がある
業務上横領の調査を調査会社に任せるメリットの一つとして、証拠隠滅のために削除・フォーマットされたデータを復旧できる可能性があることが挙げられます。
証拠隠滅のためにデータを端末から削除・初期化しても端末内にデータが残存することがあります。フォレンジック調査会社の中には削除されたデータの復元も行い、そのまま調査を続けることも可能な場合があります。
行政機関にそのまま提出できる報告書が作成できる
刑事告訴の手続や裁判においては、証拠の客観性が重要です。フォレンジック調査会社は第三者の立場にあるため、客観的な立場で電子端末の調査を行うことができます。この立場を生かし、調査で判明した事実を報告書にまとめてお客様に納品しているフォレンジック調査会社も存在します。
法的利用が可能なフォレンジック調査会社の調査報告書は警察や裁判所などの行政機関にそのまま提出が可能です。フォレンジック調査会社に依頼する際は、相談時に調査報告書をそのまま法的利用可能か確認したうえで、必ず報告書で納品してもらうことをおすすめします。
社内横領調査に対応!おすすめのフォレンジック調査会社
対応領域や費用・実績などを踏まえ、横領のインシデントに対応実績のあるフォレンジック調査会社を紹介します。
信頼できるフォレンジック調査会社を選ぶポイント
- 官公庁・捜査機関・大手法人の依頼実績がある
- スピード対応している
- セキュリティ体制が整っている
- 法的証拠となる調査報告書を発行できる
- データ復旧作業に対応している
- 費用形態が明確である
上記のポイントから厳選したおすすめのフォレンジック調査会社は、デジタルデータフォレンジックです。
デジタルデータフォレンジック
デジタルデータフォレンジックは、国内売上No.1のデータ復旧業者が提供しているフォレンジックサービスです。累計3.2万件以上の相談実績を持ち、サイバー攻撃被害や社内不正の調査経験が豊富な調査会社です。
調査・解析専門のエンジニアとは別に、相談窓口としてフォレンジック調査専門アドバイザーが在籍しています。
多種多様な業種の調査実績があり、年中無休でスピーディーに対応してもらえるため、初めて調査を依頼する場合でも安心して相談することができます。
また、警視庁からの捜査依頼実績やメディアでの紹介実績も多数あることから実績面でも信頼がおけます。法人/個人問わず対応しており、見積まで無料のため費用面も安心です。法人のサイバー攻撃被害調査や社内不正調査に加えて、個人のハッキング調査・パスワード解析まで、幅広い対応を可能としている汎用性の高い調査会社です。
費用 | ★相談・見積り無料 まずはご相談をおすすめします |
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調査対象 | PC、スマートフォン、サーバ、外付けHDD、USBメモリ、SDカード、タブレット など |
サービス | マルウェア・ランサムウェア感染調査、サイバー攻撃被害調査、退職者調査、労働問題調査、社内不正調査、情報持出し調査、横領着服調査、パスワード解除、ハッキング・不正アクセス調査、データ改ざん調査、データ復元、デジタル遺品、離婚問題・浮気調査 など |
特長 | ✔官公庁法人・捜査機関への協力を含む、累計39,000件以上の相談実績 ✔企業で発生しうるサイバーインシデント・人的インシデントの両方に対応 ✔国際標準規格ISO27001/Pマークを取得した万全なセキュリティ体制 ✔経済産業省策定の情報セキュリティサービス基準適合サービスリストに掲載 ✔警視庁からの表彰など豊富な実績 ✔14年連続国内売上No.1のデータ復旧サービスを保有する企業が調査(※)(※)第三者機関による、データ復旧サービスでの売上の調査結果に基づく。(2007年~2017年) |
刑事告訴を行う時の注意点
横領で刑事告訴する場合、警察と協力して捜査する必要があります。円滑な協力体制を築くために注意しなければならない点は以下の通りです。
- 警察と捜査の進捗の打ち合わせを頻繁に行う
- 明確な証拠がある箇所のみを告訴する
- 横領を裏付ける証拠収集は社内でも継続する
警察と捜査の進捗の打ち合わせを頻繁に行う
警察の捜査が行われるまで時間が空いてしまうと、犯人に証拠隠滅や音信不通となるおそれがあります。業務上横領罪で告発するには、警察にいち早く捜査してもらわなければなりません。
警察が告訴状を受理するまでは、必要な証拠や訂正の必要があれば、警察まで届いたか進捗を都度確認しましょう。正式に告訴状が受理されたら事情聴取の日程や調書の作成日時も確認する必要もあります。
明確な証拠がある箇所のみを告訴する
業務上横領で刑事告訴するには、横領の事実が明確な証拠が必要です。状況証拠のみでは不起訴となり、裁判が行われても無罪や減刑と判断されてしまいます。
横領が常習的に行われた場合などは横領の証拠が明確な点のみを告訴し、刑事裁判まで行えるようにしましょう。そのためには警察の捜査だけに頼らず、社内で横領の証拠を確保しておくことが重要です。
横領を裏付ける証拠収集は社内でも継続する
刑事告訴の手続のうち、告訴状の正式な受理と警察の捜査開始のタイミングは警察の判断にゆだねられます。
警察の捜査が遅れると、横領犯が証拠隠滅や退職を行い、警察の捜査が困難になります。捜査の完了までに、横領の事実が明確な証拠がなければ不起訴処分となり、刑事裁判を行えません。
警察が横領の捜査を開始しても社内で証拠収集は続行し、随時警察に証拠を提出しましょう。社内調査に限界があれば、外部の調査会社を利用することも検討する必要があります。
業務上横領を未然に防ぐ方法
最後に、業務上横領を未然に防ぐ方法について解説します。金銭の取り扱いを一人に集中させることや、適切な取引額かチェックする体制がない場合、業務上横領が発生しやすい環境となってしまいます。したがって、不正な取引をすぐに発見できる社内制度や、取引が適切か確認する工程を挟むことで、横領を未然に防ぐことができます。
業務上横領を未然に防ぐ方法の例には以下の物が挙げられます。
- 経理業務を分担する
- 業務フローに上司や別部署の人物による確認の工程を必ず入れる
- 監査機関による内部監査を定期的に行う
- 内部通報制度を導入する
まとめ
業務上横領罪で刑事責任を犯人に追及したい場合は、社内で横領調査を行い適切な証拠収集を迅速に行うことが必要です。
刑事告訴するには初めに告訴状を提出し、警察に受理してもらうことが必要です。告訴状には横領の被害の実態を詳細に記載し、場合によっては警察から証拠の提出も求められます。
証拠によっては適切な外部の調査会社に依頼することで、専門的な知見から詳細な調査結果を入手できます。調査報告書はそのまま警察や裁判所に提出できる場合もあるため、調査の時間が取れない場合や、社内調査に精通した人材がいない場合はぜひ利用してみましょう。